津島恵子を見直す

「天使も夢を見る」(1951年、松竹)
監督川島雄三/原作藤沢恒夫/鶴田浩二佐田啓二津島恵子/河村黎吉/細川俊夫/幾野道子/坪内美子

銀座にある製薬会社の野球部に所属し都市対抗野球を目指す鶴田浩二佐田啓二。二人は社員寮の相部屋で親友。鶴田がキャプテン・四番で佐田がエース。佐田の背番号が18なのはわかるが、鶴田の20は誰かにちなんでいるのだろうか。この時期有名な20番の選手がいたのだろうか。
二人の所属する野球部のグランドは整備されたものの、野球を「マリタタキ」と呼ぶ理解のない社長(河村黎吉)はそれに費やされたお金の額に嫌な顔をする。彼らのグランドがあるのは、帰りのバス停に「東急」「鉢山」と見えるので、鉢山町のあたりだろうか。代官山の近くである。もっともっと郊外かと思った。いや、この頃はあのあたりも郊外だったのだろう。
葉山にある社長宅には社員が毎日宿直に行かなければならないという決まりがあって、鶴田が当番で向かうと、待っていたかのように令嬢の津島恵子が彼を呼び出す。津島は鶴田に気があるのだ。
川本三郎さんの『君美わしく』*1(文春文庫)によると、清純派として売り出した津島恵子は、この時期鶴田浩二とコンビを組むことが多く、二人のコンビはこの映画が公開された年から三年連続で雑誌『平凡』の読者投票一位を獲得するほどの人気だったという。
さらに川本さんの本を見ると、最後のほうで津島がピアノを弾く場面は吹き替えなしだったとある。当時津島さんはピアノや声楽のレッスンにも通っていたというから、お嬢様女優の面目躍如といったところか。

当時の日本映画界では〝ピアノを弾ける女優〟は少なく(他に香川京子が思い浮かぶ)、それだけでも津島恵子のお嬢さんのイメージがわかる。(38頁)
香川京子とピアノと言えば先日観た「稲妻」を思い出すが、川本さんの『続々映画の昭和雑貨店』(小学館*2の「ピアノ」項によれば、同じ成瀬監督の「杏っ子」(未見)でもピアノを弾いているらしい。この項目では「天使も夢を見る」の津島恵子にも言及されており、この映画は同書でほかに「消えた名画館」項で登場する(他の冊では言及箇所なし)。
ストーリーは、鶴田と津島の関係を軸に展開する。いっぽう佐田の旧の隣人が偶然グランドの隣に住んでいた坪内−幾野の母娘で、病床にふせっている坪内を佐田は何かと気づかい、幾野は佐田に好意を寄せている。
佐田はシベリア抑留帰りという設定。抑留中の仲間でありながら、自分たちを裏切り一人だけ甘い汁を吸っていたという卑劣漢に細川俊夫。ここに戦争が影を落としていると言うべきか。
細川は戦後成り上がって津島に求婚している。津島はそれを嫌がり、映画の誘いに対して、鶴田も誘って偶然出会ったと装わせ、三人で映画を観る羽目に。三人が観た映画は森雅之木暮実千代の「純白の夜」で、上映中手を津島に伸ばしてくる細川に対し、鶴田は持参のグローブを手につけて応戦するのがおかしい。
三人が訪れた映画館は東劇。わたしは行ったことがないから、現在の様子がわからないのだが、東劇という映画館は芝居の劇場のように豪華なところだったのだな。映画館が紳士淑女の社交場たりえたのだ。
ストーリーはベタで他愛のないもので、思わず苦笑してしまう展開なのだけれど、幕切れがハッピーだから許してしまう。頑固で直情径行タイプの鶴田と、義侠心に富み思いやりのある男佐田という男二人の人物設定も功を奏した(腹黒狸社長の河村黎吉もいい)。
津島恵子という女優はわたしのタイプではない。もっとも「安城家の舞踏会」「足摺岬」「七人の侍」の3本しか観ていないが、あまり魅力を感じなかった。これに対しこの「天使も夢を見る」の津島さんはなかなかいい。溌剌としたお嬢様で、ちょっと見直した。