眉毛が下がる川本三郎

時代劇ここにあり

川本さんの新刊『時代劇ここにあり』*1平凡社)の刊行を記念した企画。大学生協書籍部で入手しないうちにこのような企画があるのなら、一割引で買うことと、往復電車代と受講料(1000円)を出し、川本さんのお話が聴けて新刊にサインをいただくことを天秤にかければ、後者のほうがずっと記憶に残るだろう。
東京に来てから川本さんの謦咳に接するのは今回で5度目か。江戸東京博荷風展、林芙美子展、市川荷風展、種村季弘さんとの公開対談、そして今回。
まったく時代劇に縁のなかったわたしだが、川本さんのお話を聴いて、時代劇も悪くないと思うどころか、ぜひ機会があったら食わず嫌いせずに観てみたいと思うようになってしまった。
川本さんの主張は、時代劇は負けいくさを気高く描く、敗者の美学を描くものであるということ。そもそも時代劇は反権力の思想が底流にあって、それは戊辰戦争で敗れた側(江戸の武士たちや東北の武士たち)のエートスに通じているとする。これが「川本理論」「川本史観」だ。この理論にしたがえば、権力側に属する人間を主人公にした「水戸黄門」「大岡越前」などは川本さんの眼中に入らない。
お話はもっぱらこのような時代劇の本質論とそこから脱線する楽しいエピソードを中心に展開し、東映東宝大映各映画会社の時代劇映画の特色などについては、東映内田吐夢監督「宮本武蔵」を熱く論じているうちにタイムアップになってしまった。大映東宝は質問コーナーのなかで補足される羽目に。
受講者のなかに、市川雷蔵の大ファンで現在アメリカ在住という女性がいらして、彼女の語る雷蔵映画(とりわけ傑作だという「ひとり狼」)の細部に、「よく知ってるねえ」と感心しながら、映画の名台詞を諳んじ、「こういう台詞一度言ってみたいんだよ」と陶然とする川本さん。登場人物の台詞や細かな仕草を語り合っているときの顔は眉毛が下がっていかにも嬉しそうだ。いままで聴いた川本さんの講演会のなかで、もっとも生の感情をむきだしにした川本さんの姿を観た、得がたい講演だった。
客層は意外に女性が多い。女性のなかでも、やはり雷蔵経由で時代劇ファンになった人が多いようだ。一人アメリカの黒人青年がいて、川本さんから逆になぜ時代劇が好きになったのか質問が飛ぶ。活動弁士沢登翠さんも受講者として参加されていた。