逆転する伴淳への評価

「喜劇 駅前百年」(1967年、東京映画)
監督豊田四郎/脚本八住利雄広沢栄森繁久彌淡島千景乙羽信子松山英太郎フランキー堺名古屋章池内淳子大空真弓山茶花究三木のり平/森光子/赤木春恵堺正章ザ・スパイダース伴淳三郎

駅前シリーズ第21作。わたしはこのシリーズは初めて観る。修学旅行生らの団体客を主に泊める上野の駅前旅館葵館は創業明治16年。主人が伴淳で、女将が乙羽信子。番頭は森繁だったが、お客に手を出したりする好色さが疎んじられ、解雇されてしまう。
その後森繁は本郷赤門前のホテル赤門の未亡人女将淡島に取り入り、そこの番頭に収まる。ツアコンフランキー堺と組み、葵館の客を奪ってしまう。葵館とホテル赤門のいがみあい。
取り立てて面白い喜劇ではないのだけれど、なかでも笑ったのは、伴淳と息子松山英太郎の友人でバンド(名前もそのままザ・スパイダース)を組んでいるという設定の堺正章との絡みだろうか。この二人の掛け合いの間合いが絶妙。
伴淳さんと言えばわが郷里山形(伴淳さんは正確には米沢)が生んだ代表的喜劇役者で、わたしの子供の頃はまだ現役だった。子供の頃は、ズーズー弁まるだしのあの芸風に同県人として恥ずかしさが先に立ち、好きというほどではなかった。ところがいま見ると、逆にあのズーズー弁を喋る芸風が懐かしいほどに素敵である*1
いまひとつこの映画で思わず身を乗りだしたのが、最初にホテル赤門が出てくる場面*2上野駅に降りた修学旅行客をバスに詰めこんで本郷に向かうシークエンスで、バスが本郷通りの北から南へ、東大の赤門あたりまで移動するシーンで、車窓からバス左手の東大構内が見える。そこにちらりと一瞬、わたしの職場の玄関が映るのである。
わたしは、自分の職場が登場する小説やエッセイなどを“職場の文学誌”としてコレクションしている。代表的なのは、有名すぎるほど有名な森銑三の『思ひ出すことども』(中公文庫)、意外に知られていない傑作が、松本清張の短篇「笛壺」だ。その伝でいけば、この映画はさしずめ“職場の映画誌”としてコレクションすべきだろうか。1枚100円のDVD-Rメディア代、縦12センチ×横14センチ×厚さ1センチ未満のDVD-Rメディア1枚分のスペースをけちってはいけない。
森繁やフランキー堺が乗るバスから見える職場玄関付近の風景は、驚くほど変わっていない。この映画はわたしが生まれた年に制作されたのだ。玄関と本郷通りの間のグリーンベルトにある会議室の建物(元赤煉瓦車庫)も映るが、こちらも健在。もっともいまや大学のコミュニケーションセンターとなりおおせ、煉瓦の壁も小綺麗になってしまっているが。
このような「変わらない」価値観もあっていいはずだが、世間も、大学も、ちょっとそうはいかないらしい。

*1:東京に来てから、米沢出張で伴淳さんのお墓のある米沢の極楽寺を訪れたことがある。いや、極楽寺を訪れたらたまたま伴淳さんのお墓を発見して手を合わせたというべきだろう。

*2:ホテル赤門は、赤門の本郷通りをはさんで向い側にある、一葉ゆかりの法真寺の路地を入ったあたりにあるという設定。