ドロドロがたまらない

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白い巨塔」(1966年、大映
監督山本薩夫/原作山崎豊子/脚色橋本忍田宮二郎東野英治郎小沢栄太郎加藤嘉田村高廣/下絛正巳/船越英二滝沢修加藤武/石山健二郎/藤村志保岸輝子小川真由美/見明凡太朗

話題になった唐沢寿明主演の「白い巨塔」は、ハマったという知人の話に動かされはしたけれど、熱心に見るにはいたらなかった。これに対し田宮二郎のテレビ版はリアルタイムで見ていた記憶がある。1978-79年の放映というから、わたしは小学校高学年だった。
もっとも記憶にあるのは、本物の映像を使ったという手術シーンのグロテスクさと、最終回前に自殺して話題になった田宮二郎が最終回で見せた涙くらい。共演者ではっきり憶えているのは里見助教授役の山本學くらいという体たらくだ。
先日読んだ村井淳志『脚本家・橋本忍の世界』*1集英社新書)に動かされ、さっそく田宮二郎による映画版をレンタルしてきて、観た。いやあ面白い。テレビ版では、せっかく第一外科の教授になった財前が自ら癌に冒され死んでゆくという悲劇が後半のクライマックスであり、たしか唐沢の新シリーズではもっと医療現場の崇高さというか、ヒューマニスティックなドラマが展開されていたと傍目で記憶している。
ところがこの映画版はそうした点が微塵も見られない。第一外科教授の椅子をめぐる教授会の血で血を洗うドロドロの買収合戦と、教授選で頭がいっぱいで臨床どころではない財前が引き起こした医療ミスによる医療過誤裁判がメインとなり、最終的に財前が勝ち、里見(田村高廣)は山陰大学に「左遷」同様に追いやられてしまうのだ。気持ちいいほど、すっきり「悪」が勝利を収める。
『脇役本』的関心からもこの映画は素晴らしい。財前の師で、財前を後継教授に推したくない第一外科東教授に東野英治郎。学長選の支援を約束され財前側につく医学部長の第一内科鵜飼教授に小沢栄太郎東野英治郎小沢栄太郎が話し合うシーンなど、ゾクゾクしてくる。芦屋に住んでいる東邸の俗臭紛々たる豪華な造りも苦笑を誘う。
財前以外のおとなしい人物を第一外科教授にすることで、第二外科の発言権強化を目論み、東と組む第二外科教授に下絛正巳、学内民主化を訴え比較的若手の教授陣を取りまとめる整形外科教授に加藤武日和見的に両陣営にいい顔を見せ自己の存在意義を高める加藤武のいやらしさ。
基礎部門の票の鍵を握る、基礎病理学の権威で学士院恩賜賞受賞の大河内教授に加藤嘉。金を積まれるがそれを足蹴にして怒り狂う学問一筋の頑固爺いという風情。
そして何と言っても、財前の対立候補擁立を東から懇願される東都大学医学部の船尾教授の滝沢修。弟子の金沢大学菊川教授(船越英二)を推薦するが、財前との決選投票直前になり形勢不利と見るや大阪に乗り込んで票読みに加わり、浮動票の教授陣に研究費審査や補助金審査などでの口添えを確約して取り込もうとする。政府に顔のきく医学界のドンなのである。彼が最終的に医療過誤裁判での鍵を握る。
財前の舅である石山健二郎と見明凡太朗の関西医師会コンビのえげつなさも抜群で、この作品はテレビも含め脇役陣の善し悪しが面白さを決めると言って過言ではないほどだ。
教授選でのあんなドロドロがいまでもあるのかどうか、文系のわたしにとって別世界の話だが、東教授が芦屋の高台、財前助教授が夙川の高台に住み、財前が教授になったとたん口ひげをたくわえるというきわめて単純な演出もおかしいし、登場人物たちのバックにときおり映る「大阪モダン」な町並を確認する楽しみもある。
小説『白い巨塔』という骨格から「生き血」のみを抜き取って(といってもわたしは原作は未読)、教授選の泥仕合に焦点を絞った脚本を書いた橋本忍はやはりうまいというべきなのだるう。