冗談言っちゃいけない?

江分利満氏の優雅な生活」(1963年、東宝)※三度目
監督岡本喜八/原作山口瞳/脚色井出俊郎/小林桂樹新珠三千代東野英治郎/矢内茂/横山道代中丸忠雄ジェリー伊藤天本英世/砂塚秀夫

映画を観てパァーッと発散したい気分に、またなった。今日は成瀬映画より岡本喜八監督の映画を観たい気分だったので、代表作「江分利満氏の優雅な生活」を久しぶりに観る。この映画は新文芸坐とフィルムセンターで各一度ずつ観ており、今度が三度目だ。
映画らしくない映画というか、趣向を凝らした映画というか、傑作であることは間違いない。柳原良平さんのイラストを使ったアニメーション仕立てだったり、特撮(透明人間)を使ったり、奇抜な演出に顔がほころぶ。
原作*1の、小説ともエッセイともつかないような、物語性があるようなないようなスタイルが、そのまま映画に移されているのが素晴らしい。
この映画を観て気分をすっきりさせようと思っていた。たしかにすっきりしたものの、これまた何度かほろりとさせられる場面があって、また泣けてくる。この映画を初めて観たとき、わたしはまだ36歳の江分利満氏よりちょっぴり年少だった。ところが今回観て、自分が江分利満氏より年上になってしまっていることに愕然とする。
先日読んだ矢口純さん*2の『酒を愛する男の酒』*3新潮文庫)のなかに、山口瞳さんの唄について、こんなくだりがある。

山口瞳さんはどうしてもうたわなければならなくなると、「すみれの花ナ――」をうたう。まことに個性的な「すみれの花ナ――」である。それも聞き手がハラハラして手助けしたくなる歌い方で、いつもきいている方が一人、二人と助太刀して、最後のころには大合唱になるのが決まりである。これもやはり並々ならぬ異能タレントであろう。(「幻の歌手たち」)
映画のなかでも、小林桂樹の江分利満氏が「すみれの花咲く頃」を唄うシーンがある。これまた「個性的」で、ハラハラさせる唄い方なのだ。そういえば、山口瞳さんも、江分利が「バー・ナポリ」で一人くだを巻いている後で(たぶん梶山季之さんと)客の一人として出演していた。DVDの利点はこれを確認できること。
全編小林桂樹のモノローグで覆われて、あの口調が頭にこびりついてしまう。「冗談言っちゃいけない」という吐き捨てるように江分利が言う台詞があったと思っていたのだが、見逃したのか、確認できなかった。この映画を観ながら、江分利と一緒に「冗談言っちゃいけない」と言いたかったのに…。
江分利が直木賞を受賞するまでのテンポが大好きで、受賞後の同僚たちとの祝賀会で、若い同僚たちに延々説教し続け、ラストに至るシークエンスは、毎度だれてしまう。とはいえ、カルピスに関するあの名言がここに出てくるから、うかうかしていられない。
乳酸菌飲料は、あんがい、飲み方がむずかしい。濃すぎるとベトつくし、薄いのを口にしたときのムナしさは、国電山の手線が大塚・巣鴨・田端駅を通過するときの索漠感に似ている。(新潮文庫版189頁)

*1:ISBN:4101111014

*2:映画では中丸忠雄が矢口さんをモデルにした役を演じている。

*3:ISBN:4101246017