あまりに自虐的な

性の用語集

井上章一&関西性欲研究会『性の用語集』*1講談社現代新書)を読み終えた。
書友ひでかずさんの強いお薦めがきっかけで購入したのだが、こういう本が大好きな私のこと、もとより発売当初から気にならないはずがない。ただ、手にとって逡巡しながら、著者名として掲げられている「関西性欲研究会」の押しの強さにたじろぎ、もとに戻してしまったのだった。
この「関西性欲研究会」という名称について、井上さんは「あとがき」で懺悔している。

ちなみに、表紙の「関西性欲研究会」という名前ですが、これは偽名です。じっさいには、ただの性欲研究会ですし、あるいは日文研の性欲班です。「性」の本だから「関西」であおろうという営業方針に、私たちは妥協しました。関西人のひとりとして、屈辱をかみしめています。
失礼だが笑ってしまう。この集まりは、上に書かれてあるように、井上さんの勤務先である日文研国際日本文化研究センター)で組織された共同研究班であり、もともとの呼び名は「性欲研究会」。これが発展して、彼らを中心に現在「性欲の文化史」という共同研究が行なわれているという。刺激的だ。
本書はこの研究会のメンバーの分担執筆で、「性」をめぐるさまざまな言葉の歴史的、社会的意味が解説されている。執筆者は、井上さんを含めた4人の編集委員(40代)に、おもに関西の大学で社会学などを講じる研究者9人(30代が多い)で構成される。女性も多く、すごいことだなあと思わずにはおれない。
ところで本書については、井上さんは別に講談社のPR誌『本』1月号に「「関西性欲研究会」と『性の用語集』」という一文を書いている*2。ここでも「性欲研究会」の頭に「関西」が付いていることについて執拗に弁明が繰り返される。
そんな人にダメおしをしたい。これはお買い得ですよ。なかみもけっこうエッチですから、ぜひ買って下さい。そんな期待もこめて、版元は性欲研究会に「関西」をそえた。そう、「関西」はあきらかに、すけべを誇張するための記号として、利用されたのである。
冒頭にある「そんな人」というのは、すけべそうな内容にそそられ、書店で本書を手に取る人を指す。私もその一人であるわけだが、私の場合「性欲」と「関西」が結びついたどぎつさに腰が引けてしまったのだから、逆効果だった。
井上さんは自分たちの意志とは無関係に「関西」の語が冠せられたことについて、こう書く。
本音を言うと、かなしい。せつなくもある。なぜ、「関西」とつくだけで、好色性が強調されてしまうのか。「関西」で、エロ度をつりあげようとする東京のメディアに、関西人のひとりとして不満をおぼえる。
けれどもとうとう屈服し、この名前で『性の用語集』を出すことを容認した。
だから、この場をかりて、関西の読書人に謝罪をする。すみません。私たちは「関西」をおとしめ、それをセールスにつなげようとしています。「関西」を、首都のメディア商人に売りわたしてしまいました。「関西」を首都の道化役にし、その価値をさげる文化的犯罪へ加担したのです。もうしわけありません。
これが泣かずにいられようか。なんと自虐的な。そのいっぽうで、この文章自体戦略的様相を帯びていることも見落としてならないだろう。「すけべを誇張するための記号」としての「関西」という言葉を浮き彫りにする、『性の用語集』番外編であるからだ。
本書でいちばん面白いのは、やはり井上さんが書かれた項目だった。他の執筆者、とりわけ若い方になるほどアカデミックに性の用語を分析しようとし、堅苦しい印象を抱く。井上さんは平易にしかし鋭く、しかも遊び心満点で言葉の文化史的変遷を推論し、解説する。
井上さんが担当したのは「エッチとエスエム」「ヘア」「ママ」「巨乳」「立小便」「不能」「猫をかぶる」「ボボ・ブラジル」の8項目。
「ママ」や「立小便」などは、『愛の空間』『パンツが見える。』といった性文化史の快著に共通する、手広く小説などの文献を渉猟して事例を集める方法論で、「ママ」という語彙が水商売の世界にだけ通用するようになった経緯、立小便という行為が男性が屋外で小便することだけに限定されるようになった経緯が論じられる。「不能」では、不能/無能、不毛/無毛、という「不」と「無」の言葉の使われ方の差異を抉り、「不」の方の「助平性」を指摘する。
このなかになぜ「猫をかぶる」「ボボ・ブラジル」という言葉が入っており、井上さんが執筆しているのか。訝しむ向きは、ぜひ購入して一読されたい。

*1:ISBN:4061497626

*2:この文章については書友ももこさんに教えていただきました。