言葉あそびのポテンシャル

ことばの波止場

見せると子供の朝御飯を食べる箸がとまってしまうので、なるべくテレビを見せないのが望ましい。ただ子供の箸がとまるのもうなずけるのだ。大人の私たちだって見ていて面白いのだから。NHK教育テレビの「日本語であそぼ」のことである。
野村萬斎神田山陽の出演場面はもとより、言葉遊びがたくさんつめこまれている点が好ましい。子供は上から読んでも下から読んでも同じ言葉(回文)を好んでおぼえるし、「お父さんが嫌いな食べ物は?」「パパイヤ」のような言葉のなぞなぞも大好きだ。
言葉あそびに対するポテンシャルのようなものは皆ひとしく持っており、顕在化させるのは親の責任なのかもしれない。それを怠りながら、いまの子供たちのテレビゲーム好きなどを嘆くのは責任逃れもはなはだしいと言えようか。
ことほどさように言葉あそびは口承の要素が強い。教わらないと身につかない。身につかないと次の世代にも伝えられない。世代を重ねるにつれその力が衰えているから、大人のわたしたちにしても、書物を通して「こんな言葉あそびがあったのか」と驚きつつ学ぶ知識が多かったりする。
和田誠さんの『ことばの波止場』*1白水社)はそうした知識の宝庫だった。本書は講演録で、和田さんが、落合恵子さんの主宰する児童書専門書店「クレヨンハウス」のセミナーにおいて行なった講演を起こしたものである。すでに書名が韻を踏んでいるように、韻から回文、アナグラム、折句、替え歌、しりとり歌、マザーグースなど、さまざまな言葉あそびについて、子供の頃の体験談を交えながら楽しく語る内容となっている。
私が知らなかった、そして面白いなあと思った知識のひとつに、「いろは順」ならぬ「とりな順」というものがある。かな47文字を二度使わずに文意の通った文章にまとめる。しかも七五調でリズムよく憶えやすいもの。黒岩涙香の「萬朝報」がそんな新しい「いろは歌」の公募を行なったのだという。そのトップで当選した歌。

とりなくこゑすゆめさませ | 鳥啼く声す夢覚ませ
みよあけわたるひんがしを | 見よ明け渡る東を
そらいろはえておきつべに | 空色栄えて沖つ辺に
ほぶねむれゐぬもやのうち | 帆船群れゐぬ靄の中
和田さん自身は、現実にこの「とりな順」が使われた例を見たことがないとするものの、小学校の頃「いろは」に関する本を読んだら「とりな順」も一部で使われていると書かれてあったという。小学生の頃「いろは」に関する本を読んだという和田さんは、本書でも回想されるように言葉に敏感な少年だったのだ。
書く行為がともなう言葉あそびとしては「へのへのもへじ」がポピュラーなものだろう。本書の最初のほうで紹介されている。それによれば、「へのへのもへじ」は関西では「へのへのもへの」と言っており、その他こうしたたぐいのものとして、「つるサンはマルマルむし」「山水天狗」というものも紹介されている(17頁)。
「山水天狗」の図を下に掲げるが、これは「くずし字の山と水で天狗の顔を描く」というもので、くずし字はおろか、文字を書く力すら衰退しつつある文化状況のなかで、「山水天狗」を伝えた本書の価値は大きいと言わざるをえない。
山水天狗