笑わせ泣かせ

もず

「もず」(1961年、文芸プロにんじんくらぶ)
監督渋谷実/脚本水木洋子有馬稲子淡島千景川津祐介/永井智雄/山田五十鈴/日高澄子/清川虹子

8月の三百人劇場での渋谷実特集でも上映された作品だが、そのときはまったく見逃していた。見逃したのは意図的ではなく、こういう映画があることに気づかなかったのである。今回は物故した映画関係者特集ということで、脚本家水木洋子がそれに該当する(他、清川虹子と日高澄子*1も)。
水木洋子といえば市川に住んでいた。そういうことを川本三郎さんの講演や、近作『我もまた渚に枕』*2晶文社)で知って興味を持ったのである。同書では、主人が亡くなったあとも地元の人びとの尽力で保存されている水木邸について紹介されている。
もう一つ川本さんがらみで言えば、この映画には、『君美わしく』*3(文春文庫)に出てくる女優さんのうち3人も出演しているとなれば(山田五十鈴有馬稲子淡島千景)、見に行かないわけにはいかない(どういう基準だ)。
先日見た「麻雀放浪記」ですっかり気を緩めてしまったので、今回の行列に驚いてしまった。高峰特集のときほどではないにしろ、並んでいる。渋谷実人気か、水木洋子人気か、はたまた有馬稲子淡島千景人気なのか。それらをひっくるめて古い映画には人が集まるということなのだろう。
映画はとても面白かった。淡島千景有馬稲子が母娘役。二人は実際には8歳しか違わない。最初は違和感があったが、ラストに近づくにつれ、淡島が母親らしいふけ方になって解消される。すっかり私が知っている淡島千景という感じになっているのだから不思議。
小料理屋に勤める奔放な母親と、田舎から美容師を目指して上京した出戻り娘の確執。お互いがお互いに強い愛情を持っているにもかかわらず、感情の行き違いからすぐ喧嘩してしまう。喧嘩のシーンでは、娘の(再縁の)縁談に母がくちばしを挟んで一悶着するシークエンスがとても笑える。これぞ渋谷監督という感じ。
山田五十鈴は淡島の勤める小料理屋のおかみ。意地悪げで憎々しい女。「我が家は楽し」での暖かい母親役からは想像できない憎々しさ。乙羽信子は淡島の同僚。剽軽な女中で場をなごませる。別の映画「大阪の宿」(未見)で、酒乱の女中「蟒」役が乙羽だと知って、似合わないなあと思っていたのだけれど、この映画を見たら、意外に適役なのかもしれないと考えをあらためた。有馬稲子は暗さを背負っている雰囲気。
母娘が二人暮らしを始め間借りしたのが清川虹子の家。淡島と清川は船橋ヘルスセンターに遊びに行く。遊具が60年代的。また、有馬が淡島の情人から食事に誘われ車で高架道路を移動するとき、そこから見える東京の風景。モダンなビルの連続でため息が出る。このときすでに首都高ができていたのかしらん。
渋谷監督独特のゆるい笑いで話を進めながら、最後は泣かせる。一人の死で愛情の深さにやっと気づいたというストーリーはありがちだけれど、やっぱりほろりとさせられたのであった。

*1:ただ、日高澄子という女優さんを知らないので、映画の中のどこに出てきたのか不明。

*2:ISBN:479496644X

*3:ISBN:4167641011