2年ぶりの宮部本

我らが隣人の犯罪

北村薫『ミステリ十二か月』の影響は続く。
次に読んだのは、宮部みゆきさんの短篇集『我らが隣人の犯罪』*1(文春文庫)である。表題作はオール讀物推理小説新人賞受賞作。宮部さんの輝かしき足どりはこの一作から始まった。北村本では、この本書がトリを飾っている。本格ミステリの古典的名作を次々と紹介してきたすえ、宮部さんの本で締めるあたり、北村さんの宮部さんに対する評価の高さがわかろうというものだ。
本格という視点でいえば、収録作5篇のうち「サボテンの花」がとくに称揚されている。上記文春文庫版の解説が当の北村薫さんで、このなかで北村さんは本作のことを「掛け値無しの傑作」「読み終えてすぐ、ある人に電話をして、読後の興奮を語ったことを鮮烈に覚えている」と書く。この思い入れの熱さがそのまま冷めることなく『ミステリ十二か月』に受け継がれているのである。
もっとも当初北村さんは本書を宮部ミステリのベスト1だとしていたが、現在は『幻色江戸ごよみ』をもっともすぐれた短篇集だとし、「こういう作家がいてくれることに感謝したくなる本」とこれまた手放しで高い評価を与える。『幻色江戸ごよみ』は私は未読。最近までの宮部さんの本をすべて読破したほどの宮部フリークの妻にこのことを伝えてみたところ、あまり色よい反応はなかった。どのあたりが北村さんの心を揺さぶったのだろう。
それはともかく、私自身のことで言えば、宮部さんの本を読んだのは約二年ぶりのことになる。朝日文庫に入った『理由』*2を読んで以来のこと。気づかぬうちにずいぶん間があいてしまった。
『理由』を読んだとき、私はこの長い長い作品を「登場人物一覧不要」と書いた。たくさんの人物が出てくるにもかかわらず、一人一人の人間像が丹念に描き込まれているので、「この人とこの人はどんな関係だっけ」と、よく扉の裏にまとめられている登場人物一覧に頼る必要がないのだ。読んでいるうち自然に登場人物おのおののキャラクターが頭に染みこんでいる。
北村さんは文庫解説で、当初宮部さんのことを《長編の人》と定義していたという。理由は、「登場人物すべてに見事な肉付けがされている」から。私の「登場人物一覧不要」論も結局この北村さんの考えと同じところから発想されている。
その意味では、謎解きの本格ミステリ色が濃厚な、北村さんの推す「サボテンの花」よりも、私は表題作の「我らが隣人の犯罪」を採りたいし、たぶん受賞第一作として『オール讀物』誌に発表されたとおぼしき「気分は自殺志願スーサイド」を次点にあげたい。これらを読むと、1ページも読まないうちに物語に惹き込むストーリーテラーぶりはすでにデビュー直後から備わっていたことがわかるし、何よりもハートウォーミングで後味がよく、寝床で読み終えると邪念が頭からすっかり取りのぞかれて眠りにつくことができたのである。