両高峰の共演

「子供の眼」(1956年、松竹大船)
川頭義郎監督/佐多稲子原作/高峰秀子高峰三枝子芥川比呂志丹阿弥谷津子笠智衆大木実/滝花久子/設楽幸嗣

商事会社の係長(?)の男(芥川)は妻に先立たれ、小学3年生の息子(設楽)がいる。そこに後妻としてやってきたのが、歯科医の高峰三枝子。彼女の実家は麻布の歯科医院なのだが、父(笠)が中風で倒れてしまったため、結婚後も高峰が通い営業を続けている。そのため食事の世話や息子の面倒は、芥川の妹(高峰秀子)にまかされることに。彼女も25歳になり結婚を意識しだしたものの、家のこと甥のことが気にかかり、なかなか踏み切れない。
芥川は妻が仕事をすることに文句は言わないものの、実家に入りびたって一人息子をかえりみないことに不満を抱いている。妻は父の病気を理由に実家に居つづけ、彼女の母(滝花)は麻布で同居することを望み、芥川が訪れるたびにチクチクと小言を言いつづけるため、芥川は腹を立ててしまう。そのあたりの苦い顔をした芥川の演技が絶妙。
そんなギクシャクした家庭に、妹高峰秀子の縁談(相手は電気技師の大木実)と芥川の名古屋への転勤という二つの事件が発生し、これまでの家族のあり方を根本的に考えなければならない事態に立ち至る…。大人たちの思惑に板挟みになりながら、冷静に大人たちを観察する子供の眼。
夫婦共働きはあたりまえの現代に生きている立場から見れば、多少古びたテーマではあるものの、家族の結びつきという普遍的テーマがうまく料理されている映画だった。老親との同居問題、夫の転勤による共働きの危機、たぶんいまの感覚では、夫は名古屋に単身赴任し、妻は子供と一緒に実家に住むというかたちに落ち着くのだろうか。しかし映画ではそうはならない。芥川が、子供のため家庭のため、妻が歯科医をやめ子供の一緒に名古屋に移らねば離婚すると頑強に主張し、高峰三枝子もこれに屈服するのだ。たぶんこれを見て居心地の悪さを感じる女性は少なくないだろうが、保守的志向な私は「そうだよなあ」と、ひそかに芥川にエールを送ってしまう。
父と義母との板挟みになり、もうすぐお嫁にいってしまうかもしれない叔母が大好きな息子を演じた設楽のいじらしさに涙腺がゆるんだ。父も好きだし新しい母も好き、叔母も好きで彼女が結婚して離れるのは寂しいけれど、彼女の幸せのため我慢するといった子供の感情の起伏が丁寧に描かれ、映画のタイトルのごとく「子供の眼」で感情移入してしまい、涙するのである。
現代の感覚と大きく違うのが電話の存在だろう。高峰三枝子の麻布の実家にも電話はなく(歯科医院なのに!)、むろん世田谷(たぶん梅ヶ丘)の芥川の家にもない。妻が夫の会社に電話するときは、近くのお店(?)の電話を借りる。だから、妻や実家にいて帰りが遅くなったり、叔母が外出して遅くなったりといった連絡ができないため、子供は夕食もとらず、いつ帰るかわからない大人たちを待ち続ける。寂しいので歌を唄って紛らわせようとするが、我慢できず泣き出すあたりの寂寞感。
芥川は離婚の決意をしたためた手紙を、妻の実家に速達で送る。それを読んで驚いた妻は実家を離れ名古屋に同居する旨電報を打った。その頃芥川は、妹の縁談が破談になりそうなのに驚き東京の家に帰っていた。兄が突然帰ってきたのに驚いた妹は、義姉の家にその旨電報を打って知らせようとする。
電報を打ったその足で名古屋に向かうつもりでいた妻は、妹に挨拶するため世田谷の家に戻ったら、はからずも夫がいて…という展開。これがもし電話があったら、さらに現代のように個々人が携帯電話を持っていたら、どんな展開になっていただろうと思わずにはおれない。高峰秀子大木実の縁談の危機も訪れなかったかもしれない。
電話、さらにメールによるコミュニケーションに慣れきっている私にとって、それがない時代のコミュニケーションのあり方を考えさせられたし、そうした状況下で暮らしていた人びと(いっても私の親の世代はそうだろうから決して遠くない)が、離れた相手に対して持っていたイマジネーションの繊細さに思いを馳せた。
設楽の名演に涙し*1、芥川と高峰三枝子高峰三枝子高峰秀子の火花散る対決のシーンに息を呑んだ。観る前の関心は、両高峰の共演という点のみにあったのだけれど、こんないい映画だと思いもしなかったのである。
高峰秀子が設楽を連れデパートに出かけ、屋上で友人(丹阿弥)と待ち合わせるシーン、屋上に子供のためのアトラクションがあるこのデパートはどこだろうと疑問を抱き、帰宅後調べてみた。川本三郎さんの『続・映画の昭和雑貨店』*2小学館)によれば、ここは銀座松屋だという(「デパート」)。周囲に緑が見えたから、銀座ではない、あるいは浅草松屋かと思っていたから意外だった。
この「子供の眼」は「昭和雑貨店」的アイテムに満ちており、上記川本さんのシリーズには、「デパート」のほか、「見合い結婚」(同書)、「ミシン」「甘いもの」(『映画の昭和雑貨店』)、「犬」(『続々』)と計5箇所に採られている。

*1:映画を観て泣いたのは1月に観た「娘と私」以来か。

*2:ISBN:4093430322