原作に忠実

どですかでん

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どですかでん」(1970年、東宝
黒澤明監督/山本周五郎原作/頭師佳孝菅井きん三波伸介伴淳三郎田中邦衛/井川比佐志/松村達雄芥川比呂志奈良岡朋子三谷昇ジェリー藤尾渡辺篤藤原釜足

山本周五郎『季節のない街』*1新潮文庫)の感想を書いた(4/22条)あと、カズコさんから、黒澤明監督の「どですかでん」がこの作品を原作としていることを教えていただいたので、さっそくレンタルショップから借りてきて観た。
原作にかなり忠実であることにまず驚く。原作は連作短篇集であるが、それらに登場するエピソードを細切れにしてうまくつなげ、一篇の映画に仕立てている。ストーリーを楽しむというより、ひとつひとつのエピソードの面白さを味わうというタイプの映画だろう。主役のいない群像劇だ。
配役も絶妙。「僕のワイフ」の主人公で「顔面神経痙攣」の持病をもつ島さんには伴淳さん。「顔面神経痙攣」は原作ではこう描写されている。

時をおいて顔にデリケイトな痙攣がおこり、同時に、喉の奥のほうからなにかがこみあげてき、喉を這い登って「けけけけふん」というふうな音になって鼻にぬけるのであった。(28頁)
この島さんの「顔面神経痙攣」の発作が、伴淳さんによって原作に忠実に、ものの見事に再現されている。「けけけけふん」のところなど原作の雰囲気そのままなので、観ていて笑ってしまった。
夫婦の相方を交換しながらそのまま普段どおりの生活を続けもとの鞘に戻るという不思議な夫婦のエピソード「牧歌調」の夫二人に井川比佐志と田中邦衛、父親が全部違う五人の子供を産んだ女性を妻にし、この子供たちの父親たることを受け入れる男の温かさを描く「とうちゃん」三波伸介(ほんわかした雰囲気がぴったり)、義理の姪を妊娠させてしまうアルコール依存の嫌味で独善的な中年男(「がんもどき」)に松村達雄などなど。
さらに強烈な印象として残ったのは、街の顔役的存在である老人たんばさん(「たんばさん」)を演じた渡辺篤、誰とも交際せず一人黙々と暮らすマットレス作りの平さん(「枯れた木」)の芥川比呂志、自分たちの住む家を夢見る乞食親子(「プールのある家」)の父親三谷昇の三人。
渡辺篤は以前ロッパと共演した「音楽大進軍」で観たことがあり(2/7条)、映画ではロッパの同僚として行動を共にしていた人間だと記憶しているのだが、この映画では渋い老人役。
芥川比呂志はその存在感がただ事ではない。ひと言も発さず、まばたきすらせずに一点を見つめるという鬼気迫る演技。二度登場する米を研ぐシーンが滑稽だが、反面で恐ろしい。一度観たら忘れられない演技。また三谷昇のホームレスの父親の演技も怖いくらい。三谷昇という名前は聞いたことがあり、見たことがあるような人なのだが思い出せず。いまもご活躍中。仲谷昇ではない。
たまたま購入したばかりの小林信彦さんの『出会いがしらのハッピー・デイズ』*2(文春文庫)の目次を眺めていたら、「人間・黒澤明の肖像」というタイトルが目に飛び込んできた。見てみるとこんなことが書いてある。
はっきりいえば、ぼくは「どですかでん」(一九七〇年)に始まるカラーの黒澤映画にまったくなじめないのだ。傑作・失敗作をとりまぜて「姿三四郎」から「赤ひげ」までの黒澤映画と、「どですかでん」以後の七本とはまったく別物と考えている。(240頁)
そうか「どですかでん」は黒澤監督初のカラー作品なのか。リアルタイムで映画館に足を運んで観たことのある黒澤映画は「影武者」と「まあだだよ」(松村達雄百鬼園先生だ)二本。私は逆にモノクロ時代の黒澤作品を全く観ていない。「乱」にせよ「夢」にせよ、黒澤映画=極彩色というイメージには何ら違和感がないゆえ、小林さんのように「なじめない」というわけではない。
「牧歌調」の二組の夫婦の家や衣裳を赤と黄色で色分けしたことなど、カラーならではの工夫があるし、「プールのある家」の親子が空想する陳腐な家の模型のカラーリングも、いかにも夢らしくて笑ってしまう。
少し視点がずれるが、モノクロというイメージの山本周五郎の原作の世界が、黒澤監督によって極彩色に塗り込まれたことはなかなか面白いことだと思っている。

*1:ISBN4101134138

*2:ISBN4167256142