看板の裏切りかた

語り女たち

北村薫さんの最新作『語り女たち』*1(新潮社)を読み終えた。「かたりめたち」と読ませる。冒頭(2頁)がグリーン、末尾(1頁)が濃いピンク、本文全体はブラウンのインクで印刷され、間に謡口早苗さんによる幻想的なイラストが入るという凝った造りになっている。
空想癖のある三十を越した男が、視力低下のため本を読むのが面倒になり、いっぽうで本で書かれた絵空事を読むよりも市井の人の体験談を聞くことに関心を持ち始め、全国の新聞・雑誌に「語り女」募集の広告を出す。そして海辺にある潮騒が聞こえる部屋の寝椅子に横になって、募集を受けてやってくる女性たちの不思議な話に耳を傾ける。物語はそんな枠物語の構造となっている。
やってくる「語り女」たちは17人。帯には「微熱をはらむ/その声に/聴き入るうちに、/からだごと/異空間へ/運ばれてしまう17話」とある。
だからといって17の短篇からなる短篇集でないことが、読んでいるうちにわかった。目次には17の話に付けられたタイトルが並んで、一見いかにも短篇集のような体裁をとっているが、実はそうではない。
一人の女が男のもとにやってくる。その女の話が始まる。話し終えたあと、話し手たる女と聴き手たる男の間で簡単なやりとりがなされる。そして次にまた一人の女がやってきて話し始める…。物語はこれが17度繰り返されるのだ。
それぞれの話ごとにページがえがなされるわけでない。しかし17話それぞれに付けられたタイトルは挿入される。ところが思わせぶりなのは、タイトルの字が本文よりも薄いブラウンで印刷されていること。区切りのようで区切りでない、シームレスに物語が連続し、タイトル名は本文のはるか後景にしりぞいているかのような仕掛けがなされているのである。
だからこれは実は長篇小説といってよい。実際最初のうちは、あたかも短篇集を読むときのごとく、一話読み終えるごとにひと休みしていたのだが、いつのまにか本を措くあたわざる気持ちになり、次へ次へと読み進んで最後まで来てしまった。途中で読むのを休んでしまうと、物語の真価は味わえない。もっとも物語そのものが面白いので、休もうという気には滅多にならない。
「語り女」たちによる不思議な物語の合間合間に挿まれる、聞き手たる男周辺の描写には、さりげなく季節の移り変わりが記され、時間がしっかりと流れていることが示される。書名が「語り女たち」であるわりには、意外に聞き手の男の印象が強く刻まれる。短篇のようで長篇、女が主人公のようで男が中心、そんなひと捻り加えられた物語を読む楽しさがあった。
本当であれば外側だけでなく、内側の、語られた物語の不思議さをも論じるべきであるが、それぞれに不思議で非現実的な、また静かで哀しい味わいがあったとだけ言い添えておこう。枠物語にすることで、語られた内容がますます異国の物語のような距離感を持つようになるのだから不思議である。