本格物苦手の弁

太鼓叩きはなぜ笑う

気分転換に推理小説でも読もうかと、前々から気になっていた本を積ん読の山から探し出し、読み始めた。しかし読み終えるのに意外に時間がかかってしまった。いかに私が“本格物”が苦手かということを、はからずも身をもって知ったことになる。
読んだのは鮎川哲也さんの『太鼓叩きはなぜ笑う』*1創元推理文庫)。昨年同文庫から六分冊でまとめられ、刊行された名シリーズ“三番館シリーズ”の第一集で、五篇の短篇が収録されている。
殺人事件が起こり、ある人物が殺人容疑で逮捕される。しかしその人物は本当は犯罪を犯していない。冤罪である。その無実を証明して真犯人を特定するために活躍するのは、独身生活を謳歌する刑事あがりの私立探偵。友人の弁護士から潔白を証明するための仕事を依頼され、調べていくうちに容疑者はシロで実は他に真犯人がいることに気づく。しかしアリバイが成立しておりそれを崩すことはできない。
窮した探偵は西銀座にある会員制のバー「三番館」に飛びこんで、いつもの甘いカクテル・バイオレットフィーズを飲みながら、バーテンにそれまでの経緯を説明する。と、太った達磨顔のバーテンは遠慮がちに謎を解くためのヒントを提示してくれるのだ。自らは現場に足を踏み入れず見聞きした情報のみで謎を解明する、いわゆる「安楽椅子探偵」物である。
会員制のバー「三番館」の雰囲気や、そのバーテン氏の人物造型など魅力的な描写が多く、また、第一作「春の驟雨」や「黒い手白い手」のトリックなど、抜群の着想にもとづいた佳品はあれども、やはり自分には論理的な謎解きが主題になるミステリは不向きであることを痛感した。不可能興味や謎解きをメインとしていないいわゆる「変格物」を愛してきた人間が、本格物のボスともいうべき鮎川さんの作品を同じように味わえるかというと、やはりそうはいかなかった。
とはいえ代表作『黒いトランク』は面白く読んだし、また吉田健一も高く評価する人間描写は一級品で、良質のミステリを読む楽しさは何ものにも代えがたい。だからなおさら自分の頭が論理構成力には不向きであることを身に沁みて感じ悔しい思いをしたわけだが、これだけ同じシチュエーションの本格短篇を立てつづけに読むことにメリットもあった。作者の創意がストレートに伝わってくることだ。
このトリックを思いついたことを核として作品が書かれたのであろうという過程を推測する楽しみ。「黒い手白い手」などがその代表か。残り5冊、精神的余裕のあるときにゆっくり味わいたいシリーズである。