中間小説への誘惑

文壇栄華物語

『文壇うたかた物語』*1筑摩書房、感想は12/12条)につづいて、大村彦次郎さんの新田次郎賞受賞作『文壇栄華物語―中間小説とその時代―』*2筑摩書房)を読み終えた。
「巻を置くあたわざる」とはまさにこのことで、読んでいて章の区切り、節の区切りになるたびに本を閉じてひと休みしようと思いつつも、その先の文章が目に入るとついまた読み出して止まらなくなる。
前著は大村さんご自身の編集者生活を縦糸にして、その見聞が中心になっていたが、本書はそうした地点から少し距離をおき、また時期も終戦から十年余と時期的に少し早い時期を対象としている。伊藤整の『日本文壇史』を読んだことがなく(持ってもいない)、パラパラとめくっただけにすぎないけれど、その印象では、戦後版の『日本文壇史』があるとすればまさにこの本がそういうものなのだろうと想像する。
奇しくも本書では伊藤整が「チャタレイ裁判」や『伊藤整氏の生活と意見』で一躍売れっ子となった様子(年収が前年の十倍を超えた)や、また本書に贈られた賞の名前になっている新田次郎が文壇にデビューしたときのエピソードなど、戦後作家の挿話にはこと欠かない。
「あとがき」によれば、本書は次のような意図で書かれた。

三年前、拙著『文壇うたかた物語』を刊行したあと、そのとき充分に果たせなかった編集者の側から見た戦後文壇史、とりわけ文藝春秋系統の永井龍男、新潮社出身の和田芳恵のお二人の業績を軸にして、その周辺と時代の流れを辿ることはできないか、と考えたのが、図らずもこの書の執筆モチーフとなった。
ここにあるとおり、本書は、敗戦を迎えたときの永井龍男から始まり、『一葉の日記』で芸術院賞を受賞して復活をとげた和田芳恵の編集者として、また作家としての立場・生活を大きな縦軸としている。
いずれもすぐれた編集者として文壇に関わり、のちに遅咲きの作家として名声を確立した二人。本書は時期的にそこまでカバーするものではないが、この二人の将来を知っているだけに、下積みの時期の重要性というか、栄光と挫折の波の大きさに感銘を受ける。
『文壇うたかた物語』でも読みたくなった松本清張だが、やはり本書でも同じ。初期の「西郷札」や、社会派推理小説のさきがけとなった「張込み」など、すでに文庫本を入手しているので、読みたさがつのる。
ほか印象に残る人としては、またしても林芙美子源氏鶏太丹羽文雄舟橋聖一。人名索引も完備されているので、今後彼らの作品を読んでは何度も参照する本となりそうである。

*1:ISBN4480813772

*2:ISBN4480823395