日活アクションのはざまに咲いた花

現代文学栄華館

硫黄島」(1959年、日活)
監督宇野重吉/原作菊村到/脚本八住利雄/美術木村威夫大坂志郎/小高雄二/芦川いづみ佐野浅夫小沢栄太郎/山内明/芦田伸介渡辺美佐子

新聞記者の小高雄二は、ある夜、いきつけの飲み屋で、ひどく泥酔した男にからまれる。彼を新聞記者と知った酔っ払いが、自分の戦争体験を聞いて記事にしてほしいと言うのだ。飲む気分をそこなわれた小高はその日すぐ飲み屋を出るが、翌日(?)、泥酔男がしらふで新聞社に彼を訪れ、前夜の失態をわび、あらためて戦争体験を話し始める。その男は、硫黄島から生還してきたのだといい、話は壮絶な生き残り体験だった…。
その主人公が大坂志郎。大坂は、近いうちに、生還のときよくしてくれた米兵のお世話でもう一度硫黄島を訪れるつもりであると小高に告げる。というのも、逃避生活中毎日日記をつけており、それを帰還のとき島に埋めてきたので掘り起こし、出版するためだという。しかしその後急に硫黄島行きが延期になったと知らされ、小高は翻弄される。
このため小高や上司の小沢栄太郎は、大坂の話に次第に疑問を持ち、戦争体験をでっち上げて新聞に取りあげてもらい、一もうけ企もうとする輩なのではないかと疑うが、ある日、本当に硫黄島に行き、大坂はそこで墜落死してしまったことを知って愕然となる。その後、小高は、大坂がどういう人物であったのか、関係者を訪ね歩き、なぜ硫黄島固執したのかを解き明かそうとする…。
映画は、戦後に小高が取材を進める場面に、戦時中の硫黄島の場面がカットバックでくりかえし挿入されて進んでゆく。上のように書いたあたりまではミステリーの味わいが濃厚で、なぜ大坂が硫黄島に戻りたがったのか、本当に大坂が探したかったのは日記なのか、日記だとすればそこに何が記されているのか、などなど、さまざまな謎が浮かんできて、これは掘り出し物の映画かもしれないと興奮したのだが、最終的にこのミステリー性は稀薄になって、ヒューマン・ドラマになってしまったのが残念。菊村到芥川賞受賞作を原作としている以上(原作がどんなふうに展開するかわかぬものの)、制約があるだろうから仕方ない。原作から逸脱して、謎解き本意でドラマを展開すれば、とんでもなく面白い作品に化けた可能性はあった。
そうした残念な部分があるにしても、全体的に見ればこの映画はとても良かった。なにしろ日活アクション花盛りのなか、宇野重吉監督、大坂志郎主演というしぶい映画が制作されたことが奇跡である。硫黄島で大坂とともに逃避生活をつづけた戦友に佐野浅夫。戦後は東京から電車で一時間ほどの町で板前をしている。この人物像も印象深く、脇役の印象が強い佐野さんにとっても代表作的な作品になるのではあるまいか。
ヒロインは芦川いづみさんだ。大坂・佐野にもう一人、逃避生活をともにした戦友がいた。しかし彼は生きて帰れなかった。その妹が芦川さんという設定で、生還した大坂さんが芦川をわが妹のように可愛がるうち、いつしか二人には愛情が芽生え…という展開。
最初は新聞社と戦場の男臭いドラマなのだが、いまかいまかと待たせておいて、とうとう登場、しかも看護婦という彼女にふさわしい役柄であるあたり、さすが日活、芦川さんという女優のキャラクターを心得ている。
日本映画データベースによると、俳優宇野重吉の監督作品は5作。「硫黄島」はその最後の作品となっている。なぜ彼がメガホンをとったのか、いろいろ経緯があるのかもしれず、それを書いた記録もあるのかもしれない。彼が所属していた劇団民芸との関係があるのだろうか。ラストシーンにちらりと本人も登場する遊び心(配役には名前がない)もある。
日活アクションを飾る男優陣の相手役としてではない、隠れた芦川いづみ出演作を観るのがたのしみになりつつある。たとえば昨年5月にラピュタで観た「青春を返せ」もそう(→2011/5/21条)。その作品が彼女の魅力を存分に引き出しているなら、なおのこと嬉しい。今回の「硫黄島」もそういう映画だったので、満足している。