市川崑の大学教師物

「青色革命」(1953年、東宝
監督市川崑/原作石川達三/脚本猪俣勝人/千田是也沢村貞子/太刀川洋一/江原達怡久慈あさみ三國連太郎伊藤雄之助加東大介木暮実千代中村伸郎青山杉作/高堂国典
「あの手この手」(1952年、大映
監督・脚本市川崑/原作京都伸夫/脚本和田夏十森雅之久我美子水戸光子/堀雄二/津村悠子伊藤雄之助望月優子

いつも引き合いに出す座右雑誌『ノーサイド』1994年10月号とともに、古い日本映画を観るときに欠かせない座右文庫本が、文藝春秋編『大アンケートによる日本映画ベスト150』*1(文春ビジュアル文庫)であり、とりわけなかでも井上ひさしさんの「たったひとりで、ベスト100選出に挑戦する!」は大好きで何度もめくりかえしている。
全体のベスト150は、各界の映画好き372人のアンケート集計結果なので、平準化されるというか、個性が薄まってしまうのは致し方ない。それに対して井上さんの文章は個人で100本を選ぶのだから、アンケートによるベスト150には含まれ得ないような、井上さん個人の体験とからんだ珍しい作品が出てくるので、面白いのである。
そのなかでもずっと気になっていたのが、市川崑監督の「青色革命」だった。井上さんは66位に選んで、次のような、選んだ映画のなかでも比較的長い方に属するコメントを書いている。

二人の息子(太刀川洋一、江原達怡)に批判されながら浪人生活を楽しむ千田是也歴史学者が素敵だった。学者を演じさせたらこの俳優の右に出る人はない。この学者の家の横に私鉄の踏切があり、いいところでチンチン鳴る。岩手山中の療養所の事務員をしていた私には、その音が「東京」そのもののように聞えた。(361頁)
千田是也歴史学者というのがいいではないか。実際観てみると、パージなのか、学内の対立なのか、教壇を去って浪人中の大学教授千田是也は、あまり浪人生活を楽しんでいるふうではない。大学に戻りたいという色気もあって(原作者が同じ「四十八歳の抵抗」を思い出す)、けっこう悶々と過ごしている。
息子たちや妻(沢村貞子)との生活にも飽き、ちょっとした冒険をしたくなって、飲み屋の女将木暮実千代に手を出そうと勇気をふるうが、彼女は奇矯なブローカー加東大介の愛人でがっかり。
大学に戻ろうにも、対立していた教授(中村伸郎)が文学部長として復帰したため、癪に障る。でも背に腹は代えられないので、中村の研究室に頭を下げに訪れると、すげない対応をされる。
バカ正直すぎて世渡り下手という、大学の先生にありがちなキャラクターで、千田是也が演じると真に迫っている。脇役陣のキャラクターも際立つ。加東大介のほか、ハゲの助教伊藤雄之助や、千田邸に間借りしている教育書編集者三國連太郎はなよなよとした「オカマキャラ」には爆笑。
千田・沢村夫婦は、姪で映画雑誌編集者の久慈あさみ伊藤雄之助の見合いを企むものの、久慈はハゲは嫌いと一蹴。はっきりそう言われた伊藤はますます久慈を好きになる。見合いのシーンはこの映画のなかでも一番面白い。さばさばした性格の久慈あさみになよなよ三國がぞっこんという設定もいい。
千田邸は自由ヶ丘にあるとおぼしく、木暮の飲み屋も自由ヶ丘の商店街(むろん道路は未舗装)にあるようだが、井上さんが印象に残ったと書く私鉄のチンチンが聞こえなかった。たんに自分の注意力が散漫だからか。
「青色革命」に続けて、同じように大学教師を主人公にした市川監督の「あの手この手」が放映されたので、これも観た。主人公森雅之は英文の助教授。40歳くらいで、「この歳で助教授のようじゃ」と卑下し、陰では小説を書いて教師稼業をやめたいと思っている。
彼の妻は、女性運動家の水戸光子。戦時中は婦人報国会で活動し、戦後は婦人解放運動かと森に揶揄されるが、水戸はどこ吹く風。世渡り下手な文系学者という主人公は一緒でも、「青色革命」と違うのは、妻が夫よりもマスコミに有名で共働きということだろうか。
そこに水戸の姪である久我美子が伊勢志摩から家出してきて、家庭に波紋を巻き起こすというのが筋。またしても姪だ。しかも久我美子は「青色革命」の久慈あさみ同様さばさばした女性。市川監督はこういう若い女性を出すのが好きなのだな。
じゃじゃ馬久我美子に翻弄される森雅之という関係、川島雄三監督の「女であること」を思い出した。仰向けに寝ている久我美子の足の裏から全身を撮るというカメラショットが、女優の撮り方としてすこぶる衝撃的だった。
森の家は大阪にあって、この映画は“銀幕の大阪”的な風情がある。モダン都市大阪の町並みが素敵である。伊藤雄之助はこの映画では森と近所付き合いのある産婦人科医。仮病で寝ている久我美子のお尻にペニシリンを注射する。伊藤は妻望月優子が活動家なのに手を焼いている。