映画と歌舞伎、奇蹟の融合

  • レンタルDVD
楢山節考」(1958年、松竹)
監督木下恵介/原作深沢七郎田中絹代高橋貞二望月優子/市川団子/小笠原優子/宮口精二伊藤雄之助東野英治郎/三津田健/織田政雄/西村晃

奇しくもつづけて木下恵介作品を観ることになった。先日ふらりと最寄駅前にあるTSUTAYAに立ち寄ったところ、旧作日本映画DVDを揃え“おもひで映画館”と名づけたコーナーができていることを知り、そこに木下作品が並べられていたのだった。
そのなかから選んだのが「楢山節考」である。映画の「楢山節考」と言えば、わたしたちの世代は、今村昌平監督・坂本スミ子主演でカンヌ映画祭グランプリ(1983年)を受賞した作品の印象が強い。映画館では観ていないにしても、テレビで観たような記憶があるのは、あるいはこのとき話題になりニュースなどで大々的に取り上げられたものを記憶違いしているだけかもしれない。
いずれにせよ最近まで、木下監督がそれにずっと先んじて「楢山節考」を撮っていたことは知らなかったし、長部日出雄『天才監督 木下惠介*1(新潮社)を読むまでその映画がどんなものなのかも知らなかった。
長部さんの本を読んで観たくなった木下作品は多く、先日観た「カルメン故郷に帰る」やその前の「破れ太鼓」「お嬢さん乾杯」もそうだった。そのなかにこの「楢山節考」も含まれる。何と言っても長部さんが同書のなかで絶賛する作品の独創性にすこぶる惹かれたのである。
長部さんの本によれば、この作品が映画化されるに至った経緯がとても面白い。もともと井出孫六から原作の面白さを教わり、一読して気に入った監督はすぐ映画化権を獲得する。しかし子供が親を棄てるという話に松竹城戸四郎社長が難色を示し、すぐ許可が下りなかったという。
そこで木下監督は、客を集めて会社に貢献する「喜びも悲しみも幾年月」を撮った。長部さんはこの作品を「狙って打った場外ホーマー」と表現する。この年の興行成績第二位を獲得したこの作品の次には、経費を極力使わず一セット20日という短期間で、前作と同じ主演二人(佐田啓二高峰秀子)により「風前の灯」を撮った。
大ヒット作と低予算作品を制作して会社に文句を言わせないように布石を打って、いよいよ「楢山節考」撮影へと入る。なんたる深謀遠慮。さらに見事なのはそのスタイル。前述した独創性というのは、ひと言でいえば歌舞伎的手法の導入である。木下監督はもとより歌舞伎通で、それが演出に遺憾なく発揮され、歌舞伎の牙城たる松竹としてもおおっぴらに口出しできない状態にさせたのだという。
いきなり定式幕のタイトルバックで、「とざいとーざい」と柝を打ながら黒衣が前口上を申し述べる。音楽は義太夫長唄であり、場面転換には幕が切って落とされたり、引き道具を用いる。背景の山々や空は書き割りであり、全編セットであることが観ただけでわかるのだが*2、歌舞伎に親しんでいる者にとっては、まったく違和感を感じない。アンチ・リアリズムの極地のような演出に身震いをおぼえた。
俳優陣も手練れ揃い。主役の田中絹代(おりん)は口跡がねっとりと歌舞伎的であるし、この映画のために前歯を抜いたという迫真の演技。市川団子つまりいまの猿之助が田中の孫役で出演し、冴えた手踊りなどを見せる。七十になったら楢山様に行くのだと恬淡と構える田中に対し、それより年上ながら楢山様に行くことを嫌がって駄々をこね、ついには倅に食事まで与えられなくなった爺様が宮口精二であり、倅が伊藤雄之助なのである。二人の絡みが面白くないわけがない。
歌舞伎の間合いが見事に活かされている場面については、長部さんの筆に譲ろう。

ついに辰平(おりんの息子、高橋貞二―引用者注)が背負子におりんを載せ、楢山参りに出発する場面は、母をおもう子の悲痛な心情を歌う杵屋六左衛門の哀切きわまりない長唄からはじまる。(それに合わせて、辰平が家の戸を開け、足を踏み出す間合の、何という完璧さ! 歌舞伎が心身に染みついている人でなくては、できる演出ではない)(378頁)
( )のなかで触れられている部分にわたしも同感。三味線が鳴る瞬間に開いた戸から足が踏み出る間合いの妙。さらに、母を置き去りにして帰ろうとしたところ雪が降ってきて、慌てて母のところに戻ろうとしたときの辰平の急ぐ足取り、辰平の息づかいを表現するように義太夫の三味線が弾かれ、否応なくドラマのなかに惹き込まれる。
深沢七郎原作の作品といえば「笛吹川」もあって、これまた映像的な実験性に富んでおり、木下監督との相性は抜群と見える。「楢山節考」はレンタルだったが、その直後5月2日にNHK-BS2で放映されることを知った。「損した」と残念がるより、「DVDに録ればまたいずれ観ることができる」という嬉しさが先に立ったのである。
【追記】上記したNHK-BS2での放送だが、こういうときに限って録画に失敗した。帰宅してそれを知り、がっかり。まあ観ようと思えばレンタルできるし、そうこうしているうちまた録画する機会もおとずれるだろう。(5月2日記)
木下惠介 DVD-BOX 第5集

*1:ISBN:410337408X

*2:長部さんによれば、この映画では全38杯ものセットが組まれ、大船で一番広いステージを四ヶ月専有、消費電力も大幅に契約電力を超過していたため、木下組が撮影中他の組はライトを使うセット撮影ができなかったという。