金子信雄と柳永二郎の乱闘

「銀座の沙漠」(1958年、日活)
監督阿部豊/原作柴田錬三郎長門裕之芦川いづみ南田洋子柳永二郎金子信雄/小高雄二/白木マリ/大坂志郎西村晃/佐野淺夫

最近は気になる映画があればとりあえず録り溜めておくため、だんだんハードディスクの残り容量が乏しくなってきた。DVDにダビングして保存するような作品はひとまず後回しにして、観たら即削除という映画を先に観ることにしている。
たまたま妻が幼稚園ママさんたちの飲み会があり近所の飲み屋に出かけたのを幸い、子どもたちが寝静まった夜更け、一人で映画鑑賞タイム。
気になる女優芦川いづみ南田洋子二人が出ているという理由だけで、本当に「とりあえず」録画しておいた「銀座の沙漠」は、さすがシバレン原作、エンタテインメントの骨法を踏まえているというのか、展開が意外で面白く、日活にはこういう作品が埋もれているから油断できないなあと興奮した一作だった。いま、DVDに保存しておこうか迷っている。
主人公は大阪から上京してきたばかりのチンピラ長門裕之。銀座のキャバレーでいちゃもんをつけ、そこで働かせてもらうことを画策する。支配人の金子信雄は叩き出そうとするが、居合わせた姉貴分南田洋子の取りなしで入りこむことに成功する。金子も南田も、背後にある大きな組織の一員で、大ボスの命令でいろいろな仕事をしている。金子の悪役ぶりが抜群。謎の美女というおもむきの南田の気品も上々で、やはりいい。
キャバレーの向かいにある喫茶店に入った長門は、量の少ないスペシャルコーヒーが300円もするのに文句を言っていたら、マスター登場。このマスターが亡父の知り合い柳永二郎だった。喫茶店で働く女の子が芦川。柳は長門に、芦川を「娘分」と紹介する。温厚で頼りがいがありそうな柳の貫禄。芦川は長門に好意を抱く。
金子の部下で長門と親しくなる小高雄二夫婦*1をめぐるいざこざなどが間に挟まり、南田はボスが外国に渡ったので全権を一任されたと金子の上に君臨しようとし、逆にあっさり金子に殺されてしまう(殺されたのは青山墓地?)。
そして驚きの結末。そのボスとは柳永二郎だったのだ! ラストに近く、ピストルをかまえた柳と金子がおこなう取っ組み合いの大乱闘は見ものだ。さすがに緩慢な動きで苦笑を禁じえないが、わたしは柳永二郎といえば「本日休診」の温厚篤実な医師の印象しかないのでこれですら意外だった。
ところが濱田研吾さんの『脇役本』*2(右文書院)を参照すると、同書には「いわゆる「大悪」ではなく、ちょっと気弱な小悪党の似合う名悪役」「紋切り型の悪役のイメージ」とあって、この映画のイメージが意外でも何でもないものであることを知った。たぶん観巧者がこの映画を観れば、“謎の大ボス”が柳であることに勘づくに違いない。わたしがたんに知らないだけなのだった。
ちなみに「沙漠」というのは、具体的にはキャバレーの地下に設けられた殺人装置がある密室のことを指すとおぼしく、ただっ広い空間に砂が敷き詰められ、人を閉じこめるとどこからか煙が出てきて中の人を苦しめる。毒ガスのようなものかと思ったら、最初に閉じこめられた小高夫妻は死なないのだ。小高も、次に閉じこめられた長門も、煙が出てしばらくするとシャツを脱ぎ始めるから、きっとあれは蒸気、つまりサウナのようなものなのだろう。むろんそのまま放置すれば脱水症状で死に至ることには違いないけれど、真相を知って激しく脱力する。
芦川の兄で、「男爵」というニックネームで呼ばれている貧相な(失礼)売れない画家に西村晃。彼は長門の身代わりになって警察に捕まり、連行されるところで佐野淺夫に毒物を注射され、取り調べの最中にぽっくり死んでしまう。西村−佐野という「黄門コンビ」が被害者−殺人者になるという取り合わせの妙。
うーん、やっぱり保存しておくことにする。

*1:奥さん役が中村主水の奥方役のあの白木万里だと知って驚く。

*2:ISBN:4842100559