増村保造×2+与太郎

与太郎戦記」(1969年、大映
監督弓削太郎/原作春風亭柳昇フランキー堺春風亭柳橋柳家金語楼三遊亭金馬露口茂春風亭柳昇菅井きん/水木正子/南美川洋子

若手噺家の秋本与太郎が応召され、体験する兵営生活、従軍生活をおもしろおかしく描いた映画。春風亭柳昇の原作は最近ちくま文庫に入ったものの、買おうかどうか迷っているうち買い逃し今に至っている。映画を観たいま、原作も読んでみたいという気になってきた。
こうして映画の感想を書くにあたり、脇に何かよるべき本がないと不安な感じがするのは、わたしが根っからのブッキッシュな人間だからだろう。
印象に残ったシーン。兵営の芋を洗うがごとき風呂場で、頭のてっぺんから全身石鹸の泡を塗りたくり、真っ白になって気分良く体を洗っていたところ、与太郎の所属する班に風呂から上がれという命令が下される。すでに風呂につかっていた仲間たちは整然と風呂から上がってゆくが、泡まみれの与太郎は慌ててお湯をかぶろうとしたができず、仕方なく泡だらけの体のまま脱衣所に上がって下着を着る。そのときのいかにも気持ち悪げな顔がおかしい。
応召が決まり、師匠や兄弟子らと祝杯をあげたあと、一人で風呂に入っていたら、師匠の柳橋が背中を流そうとやってきて、思わず涙する。このときも与太郎は身体中に石鹸を塗りたくって鼻歌交じりに楽しそうだった。そういうキャラクターなのだ。
もうひとつの場面。兵営の近くに民家があり、そこに住む新婚夫婦の夜の営みを覗くことができることを知った与太郎は仲間を誘って覗きに行く。与太郎は度を超し、兵営を出て民家に侵入しようとし見つかってしまう。その民家は、退役少将(三遊亭円右)の家だったのだ。翌朝呼び出された与太郎は罰として兵曹にぶちこまれてしまう。食事が出されるのを待ちきれない与太郎は、蕎麦などを食べる一人芝居をして食欲を満たそうとする。これを見ていた監視兵が思わず唾をごくりと飲み込む。
蕎麦をたぐり酒を飲む仕草は噺家の高座姿そのもので、実に見ごたえがあるシーンだった。以前下高井戸シネマ小沢昭一さんの出演映画特集があったとき、関連企画として加藤武さんと矢野誠一さんのトークショウも催された。そのとき加藤さんが、麻布高校時代、フランキー堺が余興で落語をやって満場を沸かせたというエピソードを披露されていたが、この場面からそれを思い出した。
フランキー堺の代表作「幕末太陽傳」はいまだに見ていない(DVDには保存してある)のだが、この「与太郎戦記」を見るだけでも(先日の「南の島に雪が降る」を加えてもいい)、彼が偉大なタレントであったことがわかる。わたしは晩年の「赤かぶ検事」くらいでしか現役時代を知らない人間だが、よく知っている人にとって、彼が亡くなったときの喪失感は大きかったに違いないと思いを馳せる。
脇役陣では、前述のように柳昇の本当の師匠である春風亭柳橋がそのまま師匠役で出演。台詞は棒読みに近いのだが、渋くて味わいがある噺家さんという風情。師団長役で柳家金語楼が特別出演。この映画に噺家さんは大挙出演しているのだが、顔を見てわかったのは、本人柳昇とこの金語楼くらいなのが情けない。
その他、入営したばかりでいろいろとヘマをしでかす初年兵の与太郎に救いの手をさしのべるクールな一等兵露口茂。もう後年の「山さん」そのもの。強面の六年兵(二等兵)なのだが、実はおかまというおかしな役に梅津栄。この人のインパクトは強烈だ。
印象に残っていた役をあとで確認すると、柳亭痴楽・三遊亭円右といった名前に突きあたった。名前は聞いたことがあるが、本業ではどの程度の知名度なのだろう。わからないのがもどかしい。もっとも本業の藝の腕前がわかったからといって、この映画とは無関係のことである。

「音楽」(1972年、行動社・ATG)
監督・脚本増村保造/原作三島由紀夫/黒沢のり子/細川俊之高橋長英森次浩司三谷昇
痴人の愛」(1967年、大映
監督増村保造/原作谷崎潤一郎小沢昭一/安田(大楠)道代/田村正和/倉石功

たまたま増村保造監督の作品二つを録りためていたので、続けて見た。谷崎・三島という二人の大作家の作品を原作とした映画である。見終えたあとさすがにぐったりきた。
「音楽」は原作(→5/9条)のほうが面白かったように思う。三島の小説によく登場する「冷たい女」の像が変えられてしまっているからだ。このたぐいの三島的「冷たい女」が好きでないのだが、そうでありながら惹きつけられのは、三島の小説が面白いゆえだろう。
読みながら、嫌悪感をまぬがれないものの惹かれてしまうというアンビヴァレントな感情を抱く小説といえば、谷崎の『痴人の愛』もそうだ。あの奔放なナオミに翻弄される譲治がふがいなくて、どうにも苛立ったという記憶があるのだ。
映画では譲治が小沢昭一、ナオミが安田道代*1。「与太郎戦記」におけるフランキー堺のはじけぶりとくらべると、「痴人の愛」での小沢さんは、あの風貌からにじみ出るおかしさを封じ、いちじるしく抑制された演技だった。最後はやっぱりナオミに屈服し、彼女の浮気をも容認せざるをえず、馬乗りされて引きずり回されてしまう悲しい中年男。ナオミの浮気相手の学生に田村正和

*1:いまの大楠道代さんで、先日原作を読んだ『空中庭園』の映画で小泉今日子の母親役を演じる女優さん。若き頃の彼女は、優香をお転婆にしたような小悪魔的な女の子である。