仲代達矢の華麗なる変身

「殺人狂時代」(1967年、東宝
監督岡本喜八/原作都筑道夫仲代達矢/団玲子/砂塚秀夫/天本英世

ようやく、都筑道夫『なめくじに聞いてみろ』を原作にしたこの映画を観ることが叶った。
『なめくじに聞いてみろ』講談社文庫版の解説(扶桑社文庫版にも収録)が岡本喜八監督で、このなかで岡本監督は映画化の経緯について書いている。
それによれば、本書を読んで映画化を思い立ち、申し入れたところ、すでに日活が権利を取得したあとだった。日活では宍戸錠主演を予定していたという。ところがいかなる事情か取りやめになり、その脚本が岡本監督に回ってくる。
喜び勇んでその脚本に手を入れ、仲代達矢主演で撮ったものの、東宝上層部の意向でなかなか公開されないという憂き目をみた。この映画を高く買い、試写のあと公開されないことを批判した唯一の人が小林信彦さんだったというのも面白い。
原作者の都筑さんは次のように映画を評している。

親の尻ぬぐいを子どもがする、という作者の狙った新しさが、ありふれた宝さがしに脚色された点は残念だったけれど、出来ばえは見事だった。あれほどナンセンスに徹底したスリラー映画は、これからも、めったには出ないだろう。(三一書房版あとがき、扶桑社文庫所収)
風采のあがらない大学教師である桔梗信治が、突然天本英世を首領とする殺し屋軍団に狙われる。彼が子どもの頃渡独したさいに背中に埋め込まれた「クレオパトラの涙」というダイヤモンドを取り戻すというのが、天本率いる「人口調節審議会」の使命だった。天本のおどろおどろしい演技。
牛乳瓶の底のような厚いレンズの眼鏡をかけ、無精髭を生やし、たえず水虫を気にするという野暮ったい大学教師が、団玲子の見立てで調髪し身なりを整えると一転してダンディなアクションスター風になる変身ぶりの面白さ。仲代達矢は昔も今も変わらないなあ。
砂塚秀夫の大友ビルという役は、この人以外いないだろうというはまり役。同じ岡本監督の「ああ爆弾」での伊藤雄之助の子分役、「江分利満氏の優雅な生活」でのテキ屋役など、印象に残る脇の役者さんだ。
団玲子は獅子文六原作の映画「七時間半」でのぽっちゃりした印象が強いが、このようなアクション映画でのヒロイン役にもぴたりはまっている。
ストーリーは、原作での多種多様な殺し方がうまく活かされたうえに、後半では原作にないドンパチも繰り広げられ、見所満載ではあるが、やはり父の血の遺産を清算するという原作者が仕込んだ大筋が変えられているという点と、東京を縦横にかけめぐるという空間感覚が失われているのは大きなマイナスになっている。
この映画は私が生まれた年に制作された。タイトルバックがアニメーションになっているようなセンスも洒落ており、こんなナンセンスで愉しい映画がわたしの生まれた年に作られていたことに、ある種の感慨をおぼえる。