屈託だらけの夫、屈託のない妻

「夫婦」(1953年、東宝
監督成瀬巳喜男上原謙杉葉子三國連太郎小林桂樹岡田茉莉子藤原釜足/滝花久子

上原と杉は結婚6年目を迎える夫婦。上原は電気関係の商社に勤めているサラリーマン。杉の実家は鰻屋で、両親(藤原釜足・滝花久子)は健在、店は兄(小林桂樹)が継いでいる。岡田茉莉子は杉の妹役(やっぱり可愛い)。
この両親から娘婿の上原は「パチッとしない」「起きたんだか、転んだんだか、ちっともはっきりしない」などと酷評されている。とにかくあまりシャキッとしていない人物として描かれる。
子どものいないこの夫婦、住宅難により、間借りをする家を見つけるのに苦労している。ようやく、妻を亡くしたばかりの同僚三國連太郎の家の一階を借りられることに。ところが三國が杉に好意を持ちはじめ、これを察した上原に屈託がたまり、杉への対応もとげとげしくなって夫婦に亀裂が生じはじめる。
屈託が少しずつ蓄積して次第に苛立ちを見せる上原の変化がゾクゾクするほどうまい。見事に肝っ玉の小さい人物になっている。これに対して杉の屈託のない明るい妻もいい。村川英編『成瀬巳喜男 演出術』*1ワイズ出版)によれば、もともとこの役は原節子がやる予定だったのが、彼女の病気により杉に回ってきたのだという。
「夫婦」は傑作「めし」の翌々年制作された映画で、これが上原・原コンビだった。妻が原節子だとしたら…と想像して、「めし」のような倦怠期夫婦を重ね、これもまたいいかもと思ったけれど、制作公開された時期のことを考えると、同じ顔合わせで似たような夫婦物が続くというのも、ちょっと問題だったかもしれない。いずれにしても杉葉子の妻(当時24歳)は若々しく、明るく朗らかで好ましい。
晦日に亀裂が深まった二人だが、何とか持ちこたえ、その後三國の家を出て新しい家で間借りを始める。そこは子どものいない夫婦ならという条件で借りたものだが、引っ越し当日、杉は妊娠したことを告白し、これを聞いた上原は堕ろすことを促す。一悶着あって、ラストには救いがある。ここで初めて上原は強く自分の主張を妻に示すのである。
ひと間の間借りで暮らしていかなければならなかった、昭和20年代のサラリーマンの夫婦生活に思いを馳せる。いまは贅沢だなあ、とも。三國連太郎が登場するとつい笑ってしまうのはなぜだろう。この時期の三國は、何ともユーモアにあふれるキャラクターを多く演じているように思う。
これに対する上原の渋面。芸者にコートのほつれを笑われて憤慨し裏地を破り捨て、その後杉がこれまでたまっていた夫に対する憤懣を愚痴愚痴とまくしたてるあたりのシークエンスがこの映画の見どころだろう。