『なめくじに聞いてみろ』の東京

なめくじに聞いてみろ

来月「日本映画専門チャンネル」の岡本喜八監督特集(「監督 岡本喜八の世界」)で、いよいよ「殺人狂時代」が放映される*1都筑道夫『なめくじに聞いてみろ』を映画化したものである*2。そのまえに原作を読んでおくことにした。平野甲賀さんの装幀がいつもながらカッコイイ扶桑社文庫「昭和ミステリ秘宝」シリーズの一冊だ*3
ナチの残党として、通信教育で殺人を教えていたという父親の「血に飢えた遺産」を清算すべく、出羽の山のなか(山形県らしい)から上京してきた桔梗信治が主人公。彼は、父の弟子たちを捜しだし、一人一人殺していくことを目的とする。
信治が標的にする殺し屋たちの殺人方法というのが一人一人異なり、それぞれ奇抜で、人を喰っている。信治は彼らと対峙し、消してゆく。いわゆるアクション小説、冒険活劇である。扶桑社文庫版に収められた三一書房版単行本のあとがきによれば、この作品は007の味わいの冒険小説を目ざし構想された。

といっても、007のようなスーパースパイを、当時の日本に設定して、活躍させるのは無理だったし、最初からその気もなかった。それに週刊誌の注文が、できるだけ連続短篇ふうのものを、ということだったから、パターンのエッセンスである攻撃と反撃のくりかえしで、物語をはこぶ計画を立てた。
本作品は序章から第十三章までで成り立っているが、序章を除き、第一章から第十三章まで、殺し屋を見つけて彼らと対決し、勝利を収めるというのがパターンになっている。
よく考えてみれば、わたしはこうした冒険小説をあまり好んで読まない。都筑道夫さんの小説ということで、とくにジャンルを気にせず読み出したのだが、めっぽう面白い。スピーディーな展開と、登場人物の間に交わされる落語仕込みのお洒落な会話と文体は、まさにスタイリッシュという言葉で表現できそうだ。おまけにミステリばりのどんでん返しまで仕掛けられている。
いま、ナイトキャップがわりに、都筑道夫さんの自伝『推理作家の出来るまで(上)』(フリースタイル)*4を毎晩床のなかで少しずつ読み進めることが、愉しみのひとつになっている。幼少時の読書体験を語るなかで、大佛次郎を耽読した経験をふりかえり、「現在の私の小説作法を決定した」のが大佛次郎だとして、こういうことが書かれてある。
ほとんど説明ぬきで、場面の描写だけではこんでゆく大佛さんの手法が、子どもごころに、映画を見ているような気を起こさせて、私はなんども読み返した。(86頁)
ちょうど『なめくじに聞いてみろ』を読んでいるときでもあったから、「これこれ、この面白さなんだよ」と、上記の手法が『なめくじに聞いてみろ』にそのまま活かされていることを確認したのである。
まるで映画を見ているかように、説明ぬきでめまぐるしく場面が転換するというスピーディーな物語展開は、登場人物たちがおもに自動車を使って東京という大都市のなかを縦横にかけまわるという点に象徴されている。ときには東京をも飛び出してゆくこともある。
読みながら、そんな「『なめくじに聞いてみろ』の地理学」が面白かったので、それぞれの章で主人公たちがどんな場所に移動しているのか、チェックしてみた。登場する地名を以下書き出してみるけれど、登場人物の住まいは何度も出てくるので、移動の順番はかならずしも正確ではない。

「ほとんど説明ぬき」で主人公たちはこれらの町を移動しながら、殺し屋たちと暗闘をくりかえす。都心から外へ外へというのが、ひとつのパターンとなっている。説明抜きの場面描写をつないでゆく手法が成功したのは、このように東京の町を縦横に動かしたことと無関係ではないだろう。
一見してわかるように、四谷三栄町下谷二長町がよく登場する。このふたつの場所は、桔梗信治をとりまく二人の女性「トオキョオ・インフォメイション・センター」という調査会社の調査員鶴巻啓子と女スリ佐原竜子の住まいで、信治と、その相棒で自動車泥棒の大友ビル(オートモ・ビルの洒落)が根城として使っている。
下谷二長町といえばかつて市村座があった場所として有名だが、いまの台東一丁目付近にあたり、地名は残っていない。いっぽう四谷三栄町はいまでも地名が残っている。ちょうど区立新宿歴史博物館があるあたり(曙橋から津の守坂をのぼった付近)が、三栄町である。
四谷三栄町下谷二長町という、地名に数字の入ったふたつの町を物語の焦点として選んだのは、たんなる思いつきでなく、考え抜かれたすえに設定された趣向なのに違いない。本書を読み、ダイナミックに動き回る主人公たちを追いかけながら、自分も東京の町を駆けめぐる感覚を味わったのだった。

*1:池袋新文芸坐の追悼特集での上映は昨日28日だった。

*2:映画化当時の原作名は『飢えた遺産』。

*3:ISBN:4594029949

*4:ISBN:4939138038