煙突の見える場所

「煙突の見える場所」(1953年、新東宝
五所平之助監督/椎名麟三原作/撮影三浦光雄/田中絹代上原謙高峰秀子芥川比呂志

今回の特集でもっとも観たいと思っていた映画。川本三郎さんの『銀幕の東京』*1中公新書)によれば、この映画によって「お化け煙突」が全国的に有名になったという。このお化け煙突がどんなものなのか、そういう関心を第一義にもっていた。
ところが実際映画を観ると、ストーリー(原作は椎名麟三の「無邪気な人々」)が面白い。ある下町暮らしの夫婦。空襲で亡くなったとばかり思いこんでいた妻の前夫が生きており、彼が愛人に生ませた赤ん坊を突然押しつけられ、それがきっかけで夫婦の間に巻き起こる波風。
夫婦は月3000円の二階建ての借家暮らし。二階の二部屋をそれぞれ2000円と1700円で間貸ししている。借りているのが芥川比呂志高峰秀子。この二人も騒動に巻き込まれる。襖を隔てて若い男女がひとり暮らししているのだが、眠るとき高峰は襖につっかえ棒をはめるのがおかしい。かつてはこんな情景が当たり前だったのだろうか。夫婦にも礼儀あり、また間借り人の間にも礼儀があった。
会場でお会いし同じ映画を観たふじたさん(id:foujita)のご感想を拝読して唸った。私といえば、
――上原謙はだらしない男の役が似合うなあ。
――田中絹代はふけているけど、チャーミングだなあ。
――高峰秀子はやっぱり綺麗だなあ。
――芥川比呂志は一目見たら忘れられない独特の風貌をしているなあ。
など、とんまな感想しか抱いていなかったのだが、芥川也寸志の音楽やカメラワークなどにもきちんと目配りをし、的確な批評を書かれている。こんな見巧者になれたらなあと感服した。
お化け煙突は、場所によって四本が三本に見えたり、二本、一本に見えたりする。川本さんの本には監督五所平之助の談話が引用されていて、「人は、所が変わると考え方が変わるんじゃないか。しかし、人間の求めるものは何だ。人間はひとつのこと、ひとつの真理を求めているのではないかと、これが私の主張だったの」(前掲書86頁)とある。この思想が四本のお化け煙突に込められ、映画で表現されている。何とも深淵なる思想が込められた映画なのだった。