東京のハレの日は

カラー版 明治・大正を食べ歩く

森まゆみさんの『カラー版 明治・大正を食べ歩く』*1PHP新書)を読み終えた。明治・大正の時代に創業しいまでも営業をつづけている飲食店の老舗を取材したルポルタージュである。
むろん一面でグルメガイドになっているが、それが本書の一面をあらわすに過ぎない点さすが森さんで、その店の成り立ちから苦労話まで、聞き書きの良さがいたるところににじみ出ている。
森さんは駒込動坂に生まれ育った。だからほど近い上野は子供のころ「休日の娯しみの場であった」ということで、こんな一日を過ごしたという。

不忍池でボートに乗ったり、動物園をお猿電車で一周したあとに、家族で広小路に繰り出し、松坂屋で買い物をし、寄席の鈴本や講談の本牧亭に寄り、レストランで洋食を食べたり、トンカツ屋に行ったりした。(21頁)
上野だけでない。東京随一の町銀座の思い出もきらきらと輝いているようだ。
銀ブラでもするか」と日曜の夕方になると父はいい出すのだった。たいてい銀座一丁目からぶらぶら歩く。三越へ寄り靴や麦藁帽子を買い、ヤマハで新譜を眺め、赤と白のチェックのテーブルクロスのかかったレストランへ。年に一度、ガスホールでのピアノのおさらい会のあとだけは、ペチコートをつけたドレスに白いレースの手袋をはめた姿で、資生堂パーラーへ寄ることが許されていた。文字通り銀座は晴れの舞台だった。(160頁)
典型的な(ひと昔前の)東京人家族の休日の過ごし方ではないだろうか。
ことほどさように本書で紹介されている老舗にはハレの日に訪れてこそふさわしい。むろん庶民的な、毎日昼に暖簾をくぐっても懐をいためないお店も多い(神田まつや、よし田など)。
だが森さんがあげた資生堂パーラーたいめいけん野田岩、蓬莱屋、煉瓦亭、天國などはハレだなあと個人的には思う。
東京に住んだばかりのころ、グルメ・ガイドブックやテレビの情報番組を見てこれら老舗(もしくは名店)に行ったりしていた。思えばあの頃は田舎者の自分たちにとって大都市東京が珍しくて、毎日がハレの日だったのかもしれない。
本書に紹介されている店で訪れたことのあるのは、万定フルーツパーラー・菊見煎餅・芋甚・玉ひで・神田まつや・煉瓦亭・銀座ライオン・よし田・日比谷松本楼。行ってみたいのは森下のみの家・山利喜二店に、上野湯島界隈にあるシンスケ・蓬莱屋。
妻はたいめいけんに行きたいと言っているが、私はどうも気が進まない。
私たち夫婦と違って子供二人はれっきとした東京生まれ。たとえミーハー、野暮といわれようと、ハレの日にこれら老舗の名店に連れて行き、彼らの記憶に刻みつけることができれば嬉しい。

*1:ISBN4569632920