ブックオフのオープン体験

まだ若い

拙宅から自転車で10分のところにブックオフがオープンした。足立加平インター店だ。環七と首都高が交差するあたりに位置し、もともとユニクロの店舗だった。環七を葛西方面に行くと、ユニクロは近くにもう一店舗あるし(こちらのほうがもっと拙宅に近い)、また最近亀有駅近くの環七沿いに開店した巨大商業施設「Ario亀有」にもユニクロが入ったから、加平のユニクロはそれらに吸収されることとなったのだろう。あのユニクロにはたまに買い物に行くことがあったが、ブックオフに変わり、これからもっと通う頻度が多くなるに違いない。
去年近くの綾瀬駅前にブックオフがオープンしたときには、初日の午後、家族で出かけたものだった(そして私と長男がインフルエンザをもらってきた)。今度の新店はそれより近いうえ、午後に他の用事もあったので、せっかくだからと開店時間の10時に間に合うよう自転車を走らせた。
店に近づくと驚くべきことに(いや、驚くにあたらないか)店のまわりをぐるりと囲むように行列ができているではないか。開店数分前だったので、わたしもその行列の末尾のほうに並んだ。念のため付け加えれば、別に入場制限があったわけではない。
開店直後の店内で目にした光景は言葉にしたくない。わたしのようなスタンスの人間は、ブックオフ新規開店すぐに訪れるべきではないのだろう。昂揚していた気分が下降線をたどり低調になったいっぽうで、そうそうこんな光景は目に出来ないだろうから、よく観察しておこうという気にさせられた。とはいえ観察を重ねるたびに「はあ」と深いため息をつかずにはいられなかった。
さすがに開店直後ゆえか、いい本がたくさんあった。けれども、買った本のなかで「すぐに読みたい」という気分で買ったものがなかったのが残念である。
ダブり承知で、105円という安さについ買ってしまった本。木村久邇典『山本周五郎 青春時代』*1福武書店)、梶山季之せどり男爵数奇譚』(河出文庫)。
別の版を持っているが、やはり105円という安さで買ってしまった本。都筑道夫『誘拐作戦』(中公文庫、創元推理文庫で既所持)。
持っていたかどうか記憶が曖昧だったが、105円なので買ってしまえと買った本。川端康成『再婚者/弓浦市』*2講談社文芸文庫)、小林信彦『コラムは笑う』*3・『コラムにご用心』*4ちくま文庫)。
105円の安さとカバーに惹かれて買った本。源氏鶏太『まだ若い』(上・下)(文春文庫)。カバーに佐野繁次郎作品が使われている(写真参照)。
その他。田沼武能編『木村伊兵衛 昭和を写す2 よみがえる都市』*5ちくま文庫)。これのみ唯一105円でない。安いという理由ではなく購入したという意味では、この本がもっとも欲しいと感じたものなのかもしれない。

*1:ISBN:4828831231

*2:ISBN:4061962825

*3:ISBN:4480026223

*4:ISBN:4480030298/(追記)これをアップした直後、ISBNのリンクを見たら、本書のリンクとして本条のほか、「新読前読後」2005/12/31条があった。この日に山形のブックオフでやはり105円で入手していたのだった。このダブり買いは、目次を見たり、気になる箇所(たとえば「〈映画考古学〉批判」)をめくったりすれば未然に防げたはずで、そうした意識を麻痺せしめたブックオフオープンの雰囲気をうらむ。なんて、本当は自分が一番悪いのだけれど。

*5:ISBN:4480030522

小林信彦が絶賛する

「殺したのは誰だ」(1957年、日活)
監督中平康/脚本新藤兼人/撮影姫田真佐久/菅井一郎/山根寿子/殿山泰司小林旭西村晃/青山恭二/渡辺美佐子清水将夫

91分の上映時間を退屈に感じず短く感じさせるほど、サスペンスフルで、(予想以上に)面白い映画だった。
主役の菅井一郎は自動車のセールスマン。お世辞にも有能とは言えず、ライバルの西村晃に仕事を横取りされ、職場に怒鳴りこんだりする。妻に先立たれると家を出て、家には二人の子供(渡辺美佐子小林旭)が残される。この姉弟、渡辺はバーのホステスを、小林は学生のかたわら洗車のアルバイトなどをしながら、半独立的な生活を営んでいる。菅井は大衆酒場のおかみをする山根寿子といい仲で、この二人の関係は、むしろ山根が菅井に惚れているといった風情。でも山根は菅井の風采のあがらなさに、いつも苛々と神経をささくれ立たせている。
車が売れず借金にあえぐ菅井はライバルの西村から保険金詐欺の話をもちかけられる。車をわざとぶつけて保険金を詐取しようというのだ。危ないので制止する山根をふりはらい、車を運転して必死の形相で中央分離帯にぶつけようとするが、勇気がなくできない。近くにあった屋台で焼酎をあおって出直そうとしたとき、隣の屋台で飲んでいた友人のフランク(殿山泰司)が飛び出してきて、「俺にやらせろ」と割り込み、車を派手にぶつけたが、ぶつけ方がひどく、命を失ってしまう。…
…ストーリーはこれで終わりでなく、息子の小林旭を巻き込んで悲劇的な結末に至るのだが、もう要約することはしない。
主役の菅井や、荒みきった山根の好演に加え、脇役の殿山・西村が絶妙。ハーフのような顔立ちだから(!)「フランク」と自ら名乗ったという「車磨き屋」の殿山泰司と、保険金詐欺の危険な話を囁きかける「死の商人」の西村晃。殿山さんの「死に様」が笑ってしまうほどおかしく、あっけない。
菅井は満州からの引揚者とおぼしく、セールスマンの仕事も満州時代の旧友が経営する会社にお世話になっているし、窮地を救うかのように車を買ってくれる人物も満州時代の知り合いだった。「戦争」「満州」がこの映画でも影を落している。
菅井の商売のタネとなる車もこの時代を象徴的にあらわすものだろうか。自動車の所有率が、この1957年前後でどのようになっているかわからないけれども、外車を整備してしかるべき旦那方に高く売り込むという中古車ディーラーの商売が、活計の手段たりうるということは、それだけ社会に自動車が普及しだしたことを意味するだろう。
いっぽうで、自損事故で保険金を詐取できるというのは、自動車を取り巻く状況が未熟であることも示しているのではあるまいか。菅井や小林旭らが車を運転するシーンを見ると、交通ルールも緩く、危険運転がまかりとおる世の中だった。しかも殿山泰司の「車磨き屋」は、いい車が近づいてきたら運転席にかじりついて「磨かせてくれよ」と押し売りする商売で、靴磨きならぬ「車磨き」で小銭を稼ごうとする少年たちが町中にあふれていた。走っている車に取り付いて車磨きを頼み込む行為は、いまでは自殺行為に等しいけれども、当時はそれがそれほど危険とは感じられていない様子である。もちろん映画だからそんな世相が強調されているということもあるのかもしれないが。
この映画の季節は夏。じっとしていてもじわりと汗が滲んでくるような不快な季節である。印象に残るのは、山根の大衆酒場にぶらさがっている蠅取紙。そこにはすでにおびただしい蠅が貼りついている。やってくる客たちは、蠅取紙に頓着しない。暖簾のように手で払ったりする。わたしの子供の頃は、まだ蠅取紙を使っていたことを思い出す。
山根は蠅取紙だけでなく「蠅取器」も使う。細長いガラスでできており、漏斗状の先端部を天井に止まった蠅にあて、ガラス容器に閉じ込めて水の入った末端部に追い込み蠅の息の根を止める。この容器は家にあった記憶はないけれど、見覚えがなくはない。でも呼び方がわからないので調べたら、なんてことはない「蠅取器」という素っ気ない名称だった。映画では癇癪を起こした山根がそれを床に叩きつける。すると、蠅取器のなかでまだ死に切れていなかった蠅がピクピクと蠢いている。店じまいを決意して荷物をまとめた山根の店のなかで、うち捨てられた蠅取紙がクローズアップされ、そこでも死にきれない蠅が動いている。
フィルムセンターでの新藤兼人特集、代表作と言われるような「安城家の舞踏会」「お嬢さん乾杯」「狼」「裸の島」「しとやかな獣」などはすでに観たことがあるか、DVDに保存して持っているから、ラインナップを一望して観たいと感じた作品数作を観るつもりでいる。そのなかに「殺したのは誰か」を選んだのは、監督の中平康、主演の菅井、出演の殿山泰司西村晃らの存在に加え、パンフレットの紹介文に「サスペンス映画」とあったことが大きい。
観てみると意外に面白く、満足して帰宅したわけだが、帰宅後午前中に買ったばかりの小林信彦『コラムは笑う』をパラパラめくっていたら、偶然「川島雄三中平康」というタイトルが目に飛び込んできたので、すぐさまそのページを開いた。
このなかで小林信彦さんは川島監督の「幕末太陽傳」を取り上げ、この作品に「のちの日活アクションの中で花ひらく要素がすべて含まれている」とし、その成功は逆に石原裕次郎小林旭らの爽快なアクション路線を強調することとなってしまい、川島監督を日活から追う形となったと指摘する。「幕末太陽傳」とともに、日活アクション映画以前の秀作としてあげられているのがこの「殺したのは誰だ」なのである。
興に乗って索引を見ると、同書のなかで小林さんは「殺したのは誰だ」に何と三度も言及していた。たとえば「成瀬巳喜男と「流れる」」では、中平康のごく初期の二、三本は、ほんと、いまでも凄いんじゃないかな。すくなくとも、「殺したのは誰だ」っていうのは、技術的に凄くて、もう一度どこかで観たいけどね」と絶賛し、「裕次郎の死と「狂った果実」」では本作を中平康ベスト3の一つに入れている(他は「狂った果実」「牛乳屋フランキー」)。
さらに別のコラム集『地獄の映画館』(集英社文庫)では、中平監督作品のうち「戦後の傑作の一つ」(「日本映画のヒューマニズム」)とあって、小林さんは一貫してこの映画が好きであることがわかって、嬉しかった。まったくの勘ではあるものの観る映画として選んだ作品が小林信彦推奨だったわけで、自分の勘もまんざらではないと、ささやかな幸福感にひたったのである。
ちなみに小林さんの「技術的に凄」いという指摘については、パンフレットの紹介文に「新進監督・中平康の小気味よいカッティングと、姫田真佐久のパン・フォーカス撮影が印象的」とあって、これに通じるのだろう。わたしは未熟な映画初心者であるため、カッティングもパン・フォーカスも、どこがどのように凄いのか残念ながらわからなかった。いつか再見するまでにそうした目が養われているだろうか。