笠智衆の悲しみ

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「東京暮色」(1957年、松竹)
監督小津安二郎/脚本小津安二郎野田高梧笠智衆原節子有馬稲子山田五十鈴中村伸郎杉村春子/信欣三/高橋貞二藤原釜足山村聰宮口精二浦辺粂子/三好栄子/長岡輝子桜むつ子菅原通済/市川和子

このあいだ観たときにも書いたが、この映画が小津作品のなかでも「失敗作」的な位置づけであることが理解できない。それほど140分の長さが長いと感じさせない緊張感を持った佳品である。
都築政昭『小津安二郎日記―無常とたわむれた巨匠』*1講談社)を拾い読みしていたら、この「東京暮色」の意図について小津監督は次のように語っているという。

これは若い子の無軌道ぶりを描いた作品だと言われるが、ぼくとしてはむしろ笠さんの人生――妻に逃げられた夫が、どう暮らして行くかという、古い世代の方に中心をおいてつくったんです。若い世代は、いわばその引き立て役なのだが、どうも一般の人々はその飾りものの方に目がうつってしまったようです。(321頁)
小津安二郎 DVD-BOX 第二集それを知ってから、加えて一度観て筋を知ってから再度見直すと、このことがよくわかる。女房が男(しかも部下)をつくって家を出て約二十年、男手一つで三人の子供を育てた父親。しかし長男は山で遭難死してしまい、長女は嫁いだ先で夫との不仲に悩み、実家に戻ってくる。次女は不良少女的に学生との間で子供をつくってしまい、果てには衝動的な飛び込み自殺をはかって、それがもとで命を失う。
長女原節子が、妹有馬稲子がそうなったのは、きっと母親不在が原因だろうと指摘すると、自分はそうした母親がいない寂しさを感じさせまいと、ともすれば姉が嫉妬するのではないかというほど可愛がって育ててきたつもりなのに、子育ては難しいものだとつぶやく。蒲団をかぶって一人寝たばこをしながら物思いにふける笠智衆の姿が実に印象的だった。
これは家を出た母親にとっても、二十年という時間の重さは同じであり、それを原節子が母山田五十鈴に向かって、妹に対し母親であることを名乗らないでほしいとか、妹が死んだのはあなたの責任だと断罪し、それだけ言って、自分の母親に対する感情をひと言も口にせぬまま立ち去ってしまう冷酷さが身に沁みる。とすればここに、妹とは違い物心ついてから母親が目の前からいなくなった姉娘原節子の二十年という時間の重みも考えなければなるまい。
やはりこの映画はいろいろと考えさせられる。
前回は、このほど訪れることができた「雑司ヶ谷の奥」の笠の家の位置が気になると書いたが、今回は、有馬稲子が堕胎のため訪れる三好栄子の産科医院の場所が気になった。場末じみた駅のホームが映されたあと、医院内部のシーンに切りかわる。
きっと知り合いとは会いそうもない、自宅から遠く離れた町の医院なのだろうが、果たして雑司ヶ谷に家がある娘にとって、堕胎手術をしてもらうために選ばれた医院は東京の(?)どのあたりに設定されていたのだろうか。気になる。