愉快に笑って心の掃除

「あした晴れるか」(1960年、日活)
監督中平康/原作菊村到石原裕次郎芦川いづみ中原早苗/杉山俊夫/渡辺美佐子西村晃東野英治郎/安部徹/殿山泰司三島雅夫/清川玉枝/信欣三/藤村有弘

いつものようにスカッと晴れた休日、中央線に乗って阿佐ヶ谷へ向かう。ラピュタの「芦川いづみ特集」を観るのは二回目だが、前回の「乳母車」に比べ来場者が多いのに驚いた。定員をオーバーし、補助席や通路で坐って観る人が出るほど。ラピュタでこのように大入りに出くわしたのは、原節子山村聰の「娘と私」以来だろうか。
客層はいかにも往年の「裕ちゃんファン」とおぼしきおばさま方の集団が目立ち、男性もその年代の人が大半を占めている。日曜だからなのか、この映画だからなのか。映画ゆえとすれば、この映画がそんなに客を集めるとは予想だにしていなかったが、観終えて納得した次第。
神田(秋葉原)の「ヤッチャ場」で働きながらカメラマンの仕事をしている主人公の石原裕次郎。叔父叔母夫婦(三島雅夫・清川玉枝)の家に寄寓している。ある日彼のもとに、桜フィルムというフィルム会社から仕事が舞い込む。「東京探検」というテーマで東京のいろいろなところを撮影してきてほしいというもの。
宣伝部長に西村晃、新米宣伝部員に芦川いづみ。芦川が石原の担当となる。芦川はバリバリと仕事をさせるというタイプの女性で、可愛い顔に太い黒縁で四角張った伊達眼鏡をかけ、髪をアップにしておでこを出し、スラックスという扮装。
石原に対し、佃に住むバーのホステス中原早苗も気がある雰囲気。芦川は表面的に石原に反撥しているものの、若さで攻める中原に鋭いライバル意識を燃やす。中原早苗という女優さんは初めて意識したが、ぽっちゃりした山田優という感じでこれまた可愛い。調べてみると故深作欣二監督の奥さんだと知って驚いた。ということは、意識せずにこれまでテレビで観たことがあるに違いない。
芦川と中原が石原をめぐって最初に衝突するバーの場面がスピーディにしてコミカルで、すこぶる面白い。自然と笑いが込みあげてくる。女同士の対決にうんざりする石原と、うろたえる西村晃という取り合わせ。
実は石原に好意を寄せる女性はもう一人いて、それは芦川の姉役の渡辺美佐子。「陽のあたる坂道」同様色っぽい。気だるそうな和服の似合う年上の女という風情で、独身にして書道教室の先生。これがまたいいんだな。
中原の父親で、かつて賭博師いま花売りという東野英治郎、「チャーム・スクール」を経営する妻に頭が上がらず、裏で酒を呑んで女性蔑視のくだを巻き、ちんぴらにからまれたところを石原に助けてもらうしがない中年男が殿山泰司。かつての遺恨から東野をつけ狙う悪相の親分(人呼んで「人斬り根津」)に安部徹。子分たちの細かなアクションがおかしい。
「東京探検」というからには、昭和30年代の東京の様子がたくさん映っているかと期待したけれど、それほどではない。ただ、芦川が運転する車が清洲橋を疾走する場面が素晴らしかった。
中平康監督は、日活を代表する浅丘ルリ子芦川いづみをコメディエンヌに仕立て、とても面白い作品を作っているのだなあ。コメディエンヌ浅丘ルリ子はいたずら心に富み、コメディエンヌ芦川いづみは生真面目さが自然に笑いを生み出しているという感じ。
最近日本映画では懐かしの昭和30年代を振り返り、涙するような「カーテン・コール」や「ALWAYS 三丁目の夕日」といった映画が話題である。わたしも観ればきっと面白く感じ涙するに違いないのだけれど、深い感動を与えるような映画でなくていいから、この「あした晴れるか」のような、笑えて、観たあとにスッキリする軽快なアクション・コメディをもっと提供してくれないものだろうか。あるいはそういう映画はたくさんあるのに、わたしは気づかないだけなのだろうか。
エンドマークが出たとき、わたしの前に陣取っていた旧〝裕ちゃんファン〟のおばさま方は拍手していた。それに同調して拍手するのも癪なのでやらなかったが、心のなかではわたしも大きな拍手を寄せていた。そんな爽快になる映画だった。