野球解説が芸だった頃

「東京の孤独」(1959年、日活)
監督・脚本井上梅次/原作井上友一郎/脚本松浦健郎/美術中村公彦小林旭芦川いづみ大坂志郎月丘夢路宍戸錠西村晃/清水まゆみ/安部徹/殿山泰司/植村謙二郎/三島雅夫小西得郎/南村侑弘/志村正順

「東京暮色」再見のときも、初見時同様強烈な印象として残ったのが、高橋貞二の声色シーンである。有馬稲子が田浦正巳の子供を身籠もるに至った経緯を、中村伸郎山田五十鈴の営む雀荘で、仲間と麻雀をやりながら滔々と語る場面。
これがふだんと変わらぬ世間話の口調であったら、取り立てて印象に残ることもなかったかもしれないが、癖のある声色で、まさに「語る」という言葉がぴったりの芝居がかった風情だから、なおさら際だつ。ここには「語り」の異化効果によって、有馬稲子の不幸を際立たせる意図が込められているかのようである。
高橋貞二の声色が誰の真似なのか、これも初見の感想で疑問を呈したところ、当時の名物野球解説者だった小西得郎であるというご教示をたちどころに得ることができたから、ネットというものはありがたい。
高橋貞二はふだんから小西の声色が得意で、それを知っていた小津監督が映画のなかで使ってみようと思いついたのか、あるいは監督自身の着想により、あえてここの場面を小西の声色でと演出したのか、定かではない。野球好きの小津監督、また小西も解説者の域を超えた文化人でもあったらしいから、二人に何らかの交友があっての結果なのかもしれない。
もっとも先のご教示によれば、高橋貞二の声色は似ていないとのこと。では小西得郎の解説とはどんな「語り」だったのだろう。雑司ヶ谷の坂道同様、初見以来気になっていたことだった。
昨日神保町に出る所用があったついでに、神保町シアターに立ち寄り、20日から始まる企画のチラシをもらってきた。題して「ALWAYS 続・三丁目の夕日 公開記念 川本三郎編映画の昭和雑貨店2 昭和30年代ノスタルジア」(長ったらしい)。
川本さんが「昭和30年代の暮しがよく描かれている作品」をセレクトした待望のシリーズ第二弾で、前回と違い今回は毎日夕方ラスト上映だけでなく、一日3〜4回組み合わせを色々替えて一作品複数回上映されるよう工夫されている。ただ個人的にこの期間は出張その他珍しく予定がつまっているため、ほとんど観に行くことができないのが悲しい。
ラインナップは、すでに一度観たものや、未見だがDVDで持っているものが大半(全17作品中13作品)なので、その点救われるものの、どれも面白い作品だから、もう一度観てみたいしスクリーンで観たいという気持ちもある。
チラシには、個々の映画の「30年代見どころ」というキーワードがいくつか書き出されている。そこで目にとまったのが、「東京の孤独」の箇所にあった「野球中継(小西得郎志村正順、南村侑弘)」だった。何と、「東京の孤独」で小西の野球解説が聴けるとは。
「東京の孤独」というすこぶる魅力的なタイトルと、野球映画であること、そのうえ大好きな芦川いづみも出るので、以前CSで放映されたときDVDに録画しておいた。しかしながら逆に、野球映画であること、主演が小林旭であることと、素晴らしいタイトル、それぞれあまりに個性が強すぎて、それぞれの間を結ぶ線をうまくつなげないまま、未見になっていた。小西の解説が聴けるのなら、一見するにしくはない。
名門プロ野球チーム「ディッパーズ」は、あるシーズン低迷し、監督大坂志郎の去就が取りざたされるようになる。大坂と対立的な球団社長三島雅夫は、新人選手補強に資金提供を惜しまないかわり、翌シーズン優勝を逃したら辞任することを大坂に迫り、大坂もこれを了承する。
ポストシーズンの入団テストで大坂の目にとまった選手が二人いた。一人が荒削りながらいい打球を飛ばす宍戸錠と、これも荒削りながら体が柔らかく手首のスナップがきいている小林旭。でも二人とも、せっかく合格通知が出たにもかかわらず、姿を消してしまうのである。
宍戸は自分を高く売りたいがためにわざと姿を消し、小林はプロ野球選手になる自信がないため、それまでやっていたボクサーに戻るという選択をする。打算的で野心的な宍戸錠、粗野で純朴な小林旭、この対照的なライバル二人の描き方が面白い。
このあいだの内藤・亀田戦にあった異様な殺気とはほど遠い牧歌的でのんびりした小林旭のボクシング試合場面や、実はタイトルに「孤独」とあるのは野球監督の孤独のことで、つまりはこの映画の真の主役は監督大坂志郎だったという大坂ファンとしての嬉しさ、芦川いづみの「本役」とも言うべきスチュワーデス姿など、愉しめる点満載の映画だったが、それらはおいて、肝心の小西得郎の解説に触れなければならない。
ディッパーズ戦中継のとき、NHK志村正順アナと一緒に何度か登場するのが小西得郎。たたずまいがお洒落な人だなあというのが第一印象。「語り」はどうかと言えば、たしかに特徴のある語り口であり、「何と申しましょうか」という著名な口癖もたしか一度だけ出てきて感激したのだが、「東京暮色」における高橋貞二の声色と比較すれば、断然軽みがある。
逆に言えば、高橋貞二の声色は、それこそ声色(物真似)の特徴でもあるわけだが、あるひとつの部分を誇張するがあまり、スローテンポで重々しい。「東京の孤独」で聴くことのできる小西の解説は、もっと洒脱でスピーディだった。
「東京暮色」でのあの場面は、高橋の「語り」がポイントだから、さながら義太夫のごとき普段着とは正反対の「語り」となり、語られる内容が浮き彫りにされる必要があった。似ている似ていないは別の問題にして、結局「東京」を冠した2年の隔たりがある二つの映画を観て感じたのは、小西の声色をもってなされる「語り」の重要性と、声色が小津映画のなかでパロディとして使われる小西得郎という野球解説者の「語り」の独特な存在感だった。
中味は二の次で、語りの調子だけで中継を観る(聴く)人を惹きつける解説者はいま存在するだろうか。掛布さんや川藤さんなど物真似される解説者は幾人か思い浮かぶけれど、やっぱり長嶋茂雄さんが最後なのかと思う。これはひとり野球だけでなく、相撲解説でも同じようなことが言えるのかもしれない。
スポーツ解説が「語り」の芸たりえた時代。それが昭和30年代だったということが、「東京の孤独」を観るとわかり、川本さんのまなざしは鋭くその点を見抜いていたということになろう。